第4章 第10幕 燈都
燈都の東、人界側。
街の外縁に沿って穴を掘り、中に竹槍を仕込んだ。
誤って落ちぬよう、簡易的な板垣で仕切る。
大角牛の皮を車輪に巻くという発想は秀逸で、様々なものの運搬が格段に楽になった。南側で削った岩石も、投石機の弾として大量に北へ運んだ。杏は樹を背に負い、誇らしげに黒鉄の横に立っていた。
迅を駆り魔境側の外周を見回って、双蛾は街へ戻って来た。
不気味なほど、離奈集に動きがない。
北崖党が気になり、今日はいつもより遠方まで足を伸ばした。建設途中で放棄されたような砦の跡が、目立つ。北衡嶺は、西側斜面も崩せないのだと知る。いくつか、営みの煙が上がる砦も見えたが、荒野に出て争う様子は見受けられなかった。
「黒蹄の奴ら、また来るんじゃねぇかと思ってたが、何してんだろうな」
西門前で落ち合った不知火が、首を傾げた。
「奈落に戻ったのかな」
双蛾は呟き、西の果てに目を凝らす。
「獄皇って奴が、そう簡単に許すか?」
「どうだろう…獄皇のことは、よくわからない」
「確かに、全然情報がねぇんだよな」
奈落からの難民を通じ、その脅威を伝え聞くことはある。長年戦乱に明け暮れていた奈落全土を、手中に収める勢いだという。だが、その実態は知れない。
「とりあえず、中に戻ろうぜ」
不知火に促され、双蛾は荒野を一瞥したのち、踵を返した。
あの日からずっと、不知火は優しかった。
宝物を扱うように、双蛾に触れる。
たまに甘えると、嬉しそうな顔で笑う。
その逞しい腕に抱かれていると、何も考えずにいられる気がした。
だが、小さな幸せが心に灯るたびに、罪悪感が歯止めをかける。
「私は、双蛾に幸せになってほしい」
星占の言葉が胸をよぎる。
星占には、何かが見えていたのだろうか。
今、どうしているのだろうか。
破滅の予言は、どうなったのか。
不知火には言わぬと決めた苦しさが、日毎に双蛾を苛んだ。
「正理郷の寺院が焼けたと聞いたが、本当なのか?」
久々に燈都を訪れた景仁が、ふいに思い出したように尋ねた。
寝耳に水だった。
正理郷が天元を攻めてから数ヶ月。あの侵攻も意図が不明であったが、その後寺院が焼けたとは。天衡道の内部では、何が起きているのか。
「紅蓮殿は、どうしておられるのかのぅ」
南衡嶺を眺め、景仁がぽつりと呟いた。
双蛾は不知火と顔を見合わせた。
敢えて言葉にして来なかったが、ずっと気にはなっていた。
天元を守るために離れた紅蓮。
今の天元を、どう見ているか。双蛾と同じように、心を痛めているのだろうか。
未来が、破滅へ向けて収束していくようで、心が騒ぐ。
景仁を見送った後、山頂から目を離せずにいる双蛾の手を、不知火はそっと握った。
「何があっても、俺がいるからな」
双蛾は不知火へと視線を移し、小さく頷いた。




