幕間 空騒ぎ
銀狐と黒鉄が薪を割っていると、憔悴しきった焔が歩み寄った。
「おぅ、ゆうべは南東の見張り当番だったか」
「随分疲れてるな」
焔は積み上げた薪の山に腰掛け、頭を抱えた。
「…俺はきのう、見てしまった…北東の櫓の下でな…不知火が、双蛾を抱き寄せ、抱き締め、濃密な……うぅっ!」
「!!」
黒鉄は斧を取り落とした。
「あいつら十年以上何もなくて、なんで今更…」
銀狐はへなへなと座り込む。
「やべぇな…双蛾は意外と、じじい連中に人気があるんだ…」
「いや…それどころじゃない」
長い前髪の奥で、焔の目が光る。
「不知火の取り巻きの女どもに知れてみろ…嫉妬の炎で、双蛾は真っ黒焦げに焼けて死ぬかもしれん…!」
「!!」
燈都に、波乱が迫っている――
三人は険しい視線を交わし、慎重に様子を窺うことを誓い合った。
だが、わりとすぐどうでもよくなって忘れた。
あるとき焔は、薬草園に幼馴染を訪ねた。
「おい繭、獣油持って来てやったぞ」
先日捕らえた大角牛から採れたものだ。薬の材料になるとかで、入手できたら届けてほしいと、かねてから頼まれていた。
「ありがと。でも、どうせなら不知火が持って来てくれればいいのに。よりによって、焔かぁ」
「なんだよ、俺で悪かったな」
言いながら、双蛾のことが頭を過ぎる。
(…すっかり忘れてた…!)
繭が熱狂的な不知火贔屓であることは、昔から有名だ。
かつて助けられたとかで双蛾にも懐いているが、男女の話となれば事情が違う筈だ。
うまく伝えなくては、双蛾が焼け死ぬ。
急に使命感に突き動かされ、焔は重々しく口を開いた。
「……実はよ…最近あいつ、双蛾と付き合ってんだ」
言いながら、目が泳ぐ。
「え…」
「いや、落ち着いて、冷静に聞いてくれ」
「…なにそれ…」
「まあその、これは別に、大した話ではなくて…」
「……尊い」
「は?」
繭は目を輝かせ、うっとりと天を見上げている。
「…考えてみれば、こんなに推せる組み合わせはないわ…!尊いを超えて、もはや神々しい…!」
焔の喉元で、言い訳が宙ぶらりんに途切れる。
繭は踊るようにクルクルと回転すると、焔の手を取った。
「そうと知ったら、団扇作らなきゃ」
「う…団扇…?」
「表に不知火、裏に双蛾って書いて、出陣のときに振って見送るのよ!」
「いや……ちょっとよくわからない」
繭は獣油の包みを手に、走り出した。
「みんなに知らせなきゃ。これ、ありがとう!またね!」
馴染みの酒場の隅で、三人は小さくなって卓を囲んだ。
「杏に聞いたらなぁ…とっくにそういう仲だと思ってた、と言うんだ」
黒鉄が渋い顔で盃を傾ける。
手酌で酒を注ぎ足しながら、銀狐が呟く。
「じじい連中は、これで不知火がモテなくなれば自分たちの時代が来ると、何故か思い込んでるし…」
焔は神妙に頷いた。
「まあ、とりあえず、双蛾が焼け死ぬ事態は避けられそうだな」
「私が焼け死ぬ?」
急に背後から声がし、三人は悲鳴を上げる。
両手に大皿を持ち、双蛾が立っていた。傍らに、当然のように不知火がいる。
「よぉ、お前らも来てたのか。一緒にどうだ」
屈託のない笑顔で、酒瓶を掲げる。
焔は両手でその腰を押し返し、遠ざけた。
「いや、だめだ。お前らはあっちで飲め」
「なんでだよ」
「ねぇ、焼け死ぬって何?」
「いいから、あっち行け」
腑に落ちない顔で文句を言いながら、二人が遠ざかる。
並んで別の卓に着くのを、じっとりと目で追う。
不知火が酒を飲み、双蛾が肉を食う。
――いつもの様子と何ら変わりない。
「…なぁ、俺たちは一体何をしてるんだ?」
「さあ…」
ふいに、そばでフフッと笑い声がした。
一斉に見上げる。
女将の氷雨が横に立ち、生暖かい笑顔でこちらを見下ろしていた。
「――あんたたち、なんだか可哀想ね」
「!!」
「はい、これは奢りだよ」
口角を少し上げ、徳利を一本卓に置くと、氷雨はしずしずと立ち去った。




