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天元戦記  作者: yakiniku1010
第4章
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第4章 第4幕 双蛾

東西に壁を築くことで、意見がまとまった。

まずは西側、魔境《まきょう》のほうから手をつける。

ぼやいていた銀狐《ぎんこ》が率先して指示を出すのを見て、双蛾《そうが》の口元に笑みが浮かんだ。

経験がある分、石垣は以前よりも効率的に組み上がって行く。

「北崖党《ほくがいとう》、最近大人しいな」

見回りから戻った不知火《しらぬい》が、禽馬《きんば》から降りて言った。

双蛾は荒野の北へ目を向けた。

確かに、赤牙《せきが》以来、本格的な北崖党の襲撃はない。

遠くで勝手に潰し合っていてくれるなら、そのほうがいい。

「また攻めて来る前に、外の壁を完成させたいね」

「だな。そしたら人界《じんかい》側の作業に移れる」

双蛾は頷いた。

人界側――胸がざわつく。

星占《ほしうら》の予言が、頭の片隅で燻《くすぶ》っている。

閻魔《えんま》を破滅から救うのだと、村を飛び出した星占。

暁《あかつき》の屋敷でそれを知って以来、双蛾の思いも同じだった。

だが、今は手が届かない。

星占たちがどうしているのか、知る術《すべ》もない。

燈都《とうと》の発展に尽くしながら、心の一部はいつもここにはなかった。

(でも、自分で選んだんだ)

石材を持ち上げ、双蛾は黙々と運んだ。


天元《てんげん》城下に戦火が上がったとの報せが届く。

東の小国・乾州《けんしゅう》が攻め入ったと。

どの程度の被害が出たのか詳細は知れないが、燈都にも緊張が走った。

「まあ…大丈夫だ。乾州なんかには、やられねぇだろ」

いつになく不知火の歯切れが悪い気がして、双蛾は余計不安になった。

黙って見つめる双蛾に気付き、不知火が笑う。

「心配いらねぇよ、弁慶《べんけい》もいるし」

だが。

不知火は、予言を知らないのだ。

天元に何かあると耳にするたび、破滅の種ではないかと、胸がざわめく。

あそこにいれば、できることがあったのではないか。

周囲を見回す。

建設の進む城壁の前。頼もしい燈都の仲間たちの顔が、篝火《かがりび》に映える。自分がここにいなくても、燈都は回るのではないか。

今からでも、天元に戻れば――

「双蛾、聞いてるか」

不知火の声が飛んできた。

はっとして顔を上げる。

怪訝な目が自分に集まっていた。

「天元方面から何か来たら、守備の薄い北面の指揮は任せるって話だぞ」

「ああ、うん。大丈夫」

力強く頷いた。

――何を迷う。自分には、ここでやることがある。

「じゃあ、決まりだな。解散!」

不知火がひとつ手を叩くと、皆ばらばらに散って行った。

不知火の、広い背中を見つめる。

堂々として、揺るぎない。

王になると決めた時も、迷う様子などなかった。

(どうしたら、不知火みたいになれるんだろう…)

見続けるうち、知らず知らず、足が進み出た。


仲間を見送り、不知火もひとつ伸びをする。

そろそろ休むか、と力を抜いたそのとき。

首元にこつんと何かが当たった。

体が動かなくなる。

双蛾だということは気配でわかる。息遣いも聞こえる。双蛾が首元に額だけをつけ、寄りかかっているのがわかるが、状況が理解できない。

挿絵(By みてみん)

「…双蛾?」

返事がない。

「……一旦、いいか?」

声が上ずる。

双蛾が体を離した。背中を涼しい風が抜ける。

静かに振り返る。

「…どうした。疲れたのか」

俯いていた双蛾が、顔を上げた。

「……寄りかかっていいって、前に言った」

一度も見たことのない、泣きそうな目をしていた。

その瞳に射抜かれるように、一瞬息が止まる。

「ああ……そうだ、言ったな」

不知火は恐る恐る手を伸ばし、双蛾を抱き寄せた。

双蛾の腕が、不知火を抱きしめ返す。

感情が怒涛のように押し寄せた。

何だ?

何が起きてる?

こいつ、こんなに華奢《きゃしゃ》だったか?

髪の匂い。体温。心臓の音。

速い――いや、俺か?

背を撫でているうちに、どれほど経ったのか。

ふいに双蛾が力を抜き、体を離した。

顔を上げた双蛾は、いつもの顔に戻っていた。

「もう大丈夫。ありがとう」

「お…おう」

「また明日」

軽く微笑み、双蛾が走り去る。

篝火が揺れた。

吹き抜ける風に、火照った体が冷えて行った。


翌朝。

目覚めたあとも、不知火は起き上がらずに寝転がっていた。

双蛾の温もりが腕の中に残っている気がして、落ち着かなかった。

長い付き合いだが、拳《こぶし》以外に触れたのは初めてだったと、気づく。

いや、一度だけ――酔って眠った双蛾を背負ってやったことがあった。

随分前だ。

そういえばあのとき、何か寝言を言っていた。

何と言った――はやて?

そのとき扉が開き、焔《ほむら》が駆け込んで来た。

「起きろ!大角牛《おおつのうし》の群れが来てる。狩りに行くぞ!」


季節ごとに魔境の荒野を周遊する大角牛。この辺りには、秋しか現れない。肉、角、骨、全てに使い道がある。

仲間とともに、禽馬《きんば》で群れを追った。

全部狩る必要はない。数頭もいれば、冬の食料に十分だ。

先頭集団をそのまま走らせ、後ろだけ足止めすればいい。

双蛾に目で合図を送り、左右に分かれる。

互いに外側から近寄り、同時に脚を狙った。

二頭が転ぶ。後続がもつれる。仲間の矢が飛んだ。

そこからは、例年通りだ。首尾よく五頭を捕獲した。

仲間と歓声を上げる。持ち帰れば、街の連中も喜ぶだろう。

双蛾を見た。目が合う。笑顔だった。

昨夜のことなど、なかったかのように。

不知火たちは、手分けして大角牛を運んだ。

群れの残りは走り去り、地平の向こうに消えて行った。


双蛾があまりに普段通りで、混乱する。

あれは夢だったのか?

十年以上、当たり前のように隣にいた。

大事な相棒だが、それ以上に考えたことはなかった。

不知火に女ができると、双蛾は自然と距離を取った。そんなときでさえ戦闘や任務になれば近くなる。

戦場では目で通じ、街づくりでも阿吽《あうん》の呼吸だった。

だが、今、双蛾がさっぱりわからない。

なぜ寄りかかった。

寄りかかっていいぞと言ったとき、双蛾は何と言っていた。

『本当に辛くなったら、お願いする』

何が辛かった。

――天元、だよな。

双蛾が天元に思いを残しているのは、明らかだ。

不知火にも、天元への懸念はある。だが、南盟《なんめい》の侵攻を受けたとき、ああする以外に、閻魔と燈都を守る術《すべ》はなかった。双蛾に、相談する時間もなかった。

――相談すれば、何か変わったか?

天元に残るか、燈都に戻るかは、任せると言ったのだった。戻って来て安心したのは確かだ。だが、双蛾にとっては、辛い選択だったのではないか。

――戻って来いと、俺が言えばよかったのか。

篝火の前で、大角牛を仲間と解体している双蛾を見た。

いつも通り、笑っている。

昨夜の泣きそうな目を思い出す。

(あいつの笑顔が曇らねぇように、俺にできることはあるか…?)

思考は夜風に散らばり、ちっともまとまらなかった。


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