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天元戦記  作者: yakiniku1010
第4章
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第4章 第3幕 天元

弁慶《べんけい》は、運んで来た木材の束をドサリと下ろした。

「さすが弁慶様、力持ちだ!」

農民たちが歓声を上げる。

手の埃《ほこり》を払い、辺りを見回す。

数人が集まり、木杭《きぐい》を地に打ち込むのに難儀している。

弁慶は大鎚《おおづち》を受け取ると、豪快に振り上げ一撃で打ち込んだ。

また歓声が沸く。

調子づき、次々に杭を打ち込んで行く。

背後で別の歓声が上がった。

振り返ると、木材を担いだ閻魔《えんま》が歩いて来るところだった。

「おぉ、閻魔様、直々に…!」

木材を下ろし、閻魔が首を回す。

「一度に弁慶ほどは運べんな」

視察に来るとは聞いていた。まさか木材まで担ぎ始めるとは。

農民に囲まれ笑う閻魔の姿に、暁《あかつき》の村を思い出し、懐かしくなる。

が、暁はもうないのだと気付き、切なくなった。


城下南部の農村地帯である。

先日、洛平《らくへい》の侵攻を受けた。

報せを受けて弁慶率いる小規模部隊が撃退したが、ある程度の損害はあった。残念ながら死者も出た。

あれは正規軍ではなかった、とは洛平の言い分だ。

「国内で然《しか》と制裁する故、同盟は継続していただきたい。もちろん復興の援助も惜しみますまい」

狐目の使者は恭《うやうや》しく頭を下げた。

が、一向に援助は届かない。

廉朔《れんさく》は眉をひそめた。

「期限を決めて、洛平の出方を見てはいかがです。ここで賠償をうやむやにすれば、同じことを繰り返しかねませんぞ」

「しかし――その間、農地を放ってはおけん。復興援助以外の償いを、洛平と進めてもらえぬか」

「そうおっしゃるか、とは思いましたが…」

廉朔は呆れたような笑みを浮かべ、交渉の準備にかかった。


似たような小さな襲撃が、国境付近で度重なった。

軍議の席で、国防を司る宗烈《そうれつ》は、腕組みして唸った。

「四天王離反で天元《てんげん》の国力が落ちた、との噂が流れておるようですな」

「そんな…」

と言ったきり、弁慶の言葉が途切れる。

居並ぶ将軍たちを見回したのち、宗烈は閻魔で目を留める。

「一度、毅然とした態度を示しておくべきでは?」

毅然と? 誰かが繰り返す。

「次に攻め入られたら、国境を越えて叩きに行くのです」

挿絵(By みてみん)

場がざわつく。

「天元が衰えていないと示せば、他国への牽制になる。以後の侵攻は減るでしょう」

「しかし…攻め入られた国の民は、どうなる」

閻魔は真っ直ぐに宗烈を見つめ返した。

「…たった一度でよいのです」

「一度とて、見せしめのための侵略など、したくはない」

宗烈は一度目を細め、ため息をついた。

腕組みを解き、表情を緩めて閻魔を見る。

「閻魔様なら、侵略を是とはせぬと、思っておりました」

閻魔は少し微笑み、その後一座を見回した。

「だが、牽制は必要だ。国境守備を増強し、侵攻した者は必ず捕らえよ」

「御意!」

将軍たちは一斉に応じた。


急使が届く。

北東の同盟国・燐河《りんが》からの、救援依頼であった。

水脈を狙われ、隣国・乾州《けんしゅう》からの侵攻を受けているという。

「正直、他国の諍《いさか》いに手を回すほどの余裕はございませぬが…」

宗烈が頭を抱え、閻魔を見る。

「しかし、見捨てては同盟の意味がない」

「俺が行く」

弁慶が立ち上がった。

「俺の直属部隊だけでいい。乾州程度なら、それで十分だ」

「頼む」

閻魔が短く言うと、弁慶は頷き、大股で広間を出て行った。


乾州からの報復を受けたのは、一月後だった。

小規模部隊が農村を素通りし、東門を破って城下に侵攻した。

民家に火がつく。

風に煽《あお》られ、瞬く間に燃え広がる。

軍が駆けつけ、賊を捕らえる。

避難を誘導し、延焼を防ぐため、街の一部を取り崩す。

なんとかそこで食い止めた。

だが、城下まで進軍された衝撃は、国内に不穏な影を残した。


夜まで及んだ軍議のあと、街を見下ろす回廊で閻魔は足を止めた。

欄干に手をかけ、そのまま体重を預け、もたれ掛かる。

息を吸い、長く吐く。

燃えた街区は、ここからは見えない。

いつもと同じ街明かりが広がる。

だが、この閉塞感は、何だ。

暁と燈都《とうと》を失い、今や守るべきものはこの天元だけだ。

なのに、手が届かぬと感じるのはなぜだ。

「父上」

小さな声がした。目を向ける。

那由多《なゆた》が駆け寄った。

「忙しそうで、ちっとも会えないから、寝ないで待ってたんだ」

閻魔に並び、背伸びして欄干の隙間を覗くが、まだ少し背が足りない。

閻魔は微笑み、抱き上げてやった。

ともに街を見つめる。

「火事、怖いね」

那由多がぽつりと呟いた。

「お城が燃えたら、いやだな」

「そうだな。そうならんように、色々と考えておる」

閻魔は微笑み、那由多を見つめた。

那由多が、じっと見つめ返す。

星占《ほしうら》によく似た、深い色の瞳。

「父上……大丈夫?」

問われ、言葉を失った。

「僕、何でも手伝うよ。もうウマにも乗れる。また井戸を開きに行ったっていいよ」

那由多に心配をかけているのだと、遅れて気付く。

抱き締め、頭を撫でた。

那由多が首に手を回した。

小さな温もりが、張り詰めた身体に滲んだ。

「大丈夫だ」

自分に言い聞かせるように、閻魔は言った。

「今日はもう遅い。休もう」

回廊を歩き出す。

那由多は閻魔の肩越しに山脈のほうを見て、呟いた。

「お山、ぎゅっと閉じてるね」

閻魔は一瞬足を止める。

「そうか」

振り向かず、那由多の背を撫でて歩き出した。


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