第4章 第3幕 天元
弁慶は、運んで来た木材の束をドサリと下ろした。
「さすが弁慶様、力持ちだ!」
農民たちが歓声を上げる。
手の埃を払い、辺りを見回す。
数人が集まり、木杭を地に打ち込むのに難儀している。
弁慶は大鎚を受け取ると、豪快に振り上げ一撃で打ち込んだ。
また歓声が沸く。
調子づき、次々に杭を打ち込んで行く。
背後で別の歓声が上がった。
振り返ると、木材を担いだ閻魔が歩いて来るところだった。
「おぉ、閻魔様、直々に…!」
木材を下ろし、閻魔が首を回す。
「一度に弁慶ほどは運べんな」
視察に来るとは聞いていた。まさか木材まで担ぎ始めるとは。
農民に囲まれ笑う閻魔の姿に、暁の村を思い出し、懐かしくなる。
が、暁はもうないのだと気付き、切なくなった。
城下南部の農村地帯である。
先日、洛平の侵攻を受けた。
報せを受けて弁慶率いる小規模部隊が撃退したが、ある程度の損害はあった。残念ながら死者も出た。
あれは正規軍ではなかった、とは洛平の言い分だ。
「国内で然と制裁する故、同盟は継続していただきたい。もちろん復興の援助も惜しみますまい」
狐目の使者は恭しく頭を下げた。
が、一向に援助は届かない。
廉朔は眉をひそめた。
「期限を決めて、洛平の出方を見てはいかがです。ここで賠償をうやむやにすれば、同じことを繰り返しかねませんぞ」
「しかし――その間、農地を放ってはおけん。復興援助以外の償いを、洛平と進めてもらえぬか」
「そうおっしゃるか、とは思いましたが…」
廉朔は呆れたような笑みを浮かべ、交渉の準備にかかった。
似たような小さな襲撃が、国境付近で度重なった。
軍議の席で、国防を司る宗烈は、腕組みして唸った。
「四天王離反で天元の国力が落ちた、との噂が流れておるようですな」
「そんな…」
と言ったきり、弁慶の言葉が途切れる。
居並ぶ将軍たちを見回したのち、宗烈は閻魔で目を留める。
「一度、毅然とした態度を示しておくべきでは?」
毅然と? 誰かが繰り返す。
「次に攻め入られたら、国境を越えて叩きに行くのです」
場がざわつく。
「天元が衰えていないと示せば、他国への牽制になる。以後の侵攻は減るでしょう」
「しかし…攻め入られた国の民は、どうなる」
閻魔は真っ直ぐに宗烈を見つめ返した。
「…たった一度でよいのです」
「一度とて、見せしめのための侵略など、したくはない」
宗烈は一度目を細め、ため息をついた。
腕組みを解き、表情を緩めて閻魔を見る。
「閻魔様なら、侵略を是とはせぬと、思っておりました」
閻魔は少し微笑み、その後一座を見回した。
「だが、牽制は必要だ。国境守備を増強し、侵攻した者は必ず捕らえよ」
「御意!」
将軍たちは一斉に応じた。
急使が届く。
北東の同盟国・燐河からの、救援依頼であった。
水脈を狙われ、隣国・乾州からの侵攻を受けているという。
「正直、他国の諍いに手を回すほどの余裕はございませぬが…」
宗烈が頭を抱え、閻魔を見る。
「しかし、見捨てては同盟の意味がない」
「俺が行く」
弁慶が立ち上がった。
「俺の直属部隊だけでいい。乾州程度なら、それで十分だ」
「頼む」
閻魔が短く言うと、弁慶は頷き、大股で広間を出て行った。
乾州からの報復を受けたのは、一月後だった。
小規模部隊が農村を素通りし、東門を破って城下に侵攻した。
民家に火がつく。
風に煽られ、瞬く間に燃え広がる。
軍が駆けつけ、賊を捕らえる。
避難を誘導し、延焼を防ぐため、街の一部を取り崩す。
なんとかそこで食い止めた。
だが、城下まで進軍された衝撃は、国内に不穏な影を残した。
夜まで及んだ軍議のあと、街を見下ろす回廊で閻魔は足を止めた。
欄干に手をかけ、そのまま体重を預け、もたれ掛かる。
息を吸い、長く吐く。
燃えた街区は、ここからは見えない。
いつもと同じ街明かりが広がる。
だが、この閉塞感は、何だ。
暁と燈都を失い、今や守るべきものはこの天元だけだ。
なのに、手が届かぬと感じるのはなぜだ。
「父上」
小さな声がした。目を向ける。
那由多が駆け寄った。
「忙しそうで、ちっとも会えないから、寝ないで待ってたんだ」
閻魔に並び、背伸びして欄干の隙間を覗くが、まだ少し背が足りない。
閻魔は微笑み、抱き上げてやった。
ともに街を見つめる。
「火事、怖いね」
那由多がぽつりと呟いた。
「お城が燃えたら、いやだな」
「そうだな。そうならんように、色々と考えておる」
閻魔は微笑み、那由多を見つめた。
那由多が、じっと見つめ返す。
星占によく似た、深い色の瞳。
「父上……大丈夫?」
問われ、言葉を失った。
「僕、何でも手伝うよ。もうウマにも乗れる。また井戸を開きに行ったっていいよ」
那由多に心配をかけているのだと、遅れて気付く。
抱き締め、頭を撫でた。
那由多が首に手を回した。
小さな温もりが、張り詰めた身体に滲んだ。
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、閻魔は言った。
「今日はもう遅い。休もう」
回廊を歩き出す。
那由多は閻魔の肩越しに山脈のほうを見て、呟いた。
「お山、ぎゅっと閉じてるね」
閻魔は一瞬足を止める。
「そうか」
振り向かず、那由多の背を撫でて歩き出した。




