第4章 第2幕 燈都
街の南端から崖を登り、岩壁に楔を打ち込む。
張り巡らした足場に工夫が並び、荷揚げの滑車が音を立てる。
切り崩した岩石は、そのまま弾として積み重ねる。
南衡嶺の壁面に、双蛾の指揮で投石機を設置していた。
さらに上には、見張り櫓も設けた。
これまで魔境側の備えにばかり注力してきたが、半年前の南盟戦以降、人界側の守りにも手を加えている。
南側は、当面これで何とかなりそうだ。
だが、北衡嶺の壁は思うように崩せない。
北側には、別の備えが必要だ。
下に焔が見えたので、跳び下りて並んだ。
「うおっ、あの高さから急に来るなよ。魔獣でも出たかと思ったろ」
「これ、渡したかったの。この間、逃げ道の話が出てたでしょ」
焔の驚きを気にも留めず、双蛾は地図を手渡した。
侵略が街の内部へ及んだ際の、避難経路図が示されている。
今ある建物の間を縫うように、魔境側、人界側それぞれに抜け道を通す案だ。
「ああ、これは助かるな。まあ、入り込まれないのが一番だが」
「道の整備と街への周知は、任せるね」
焔が頷く。
双蛾は辺りを見回した。
「不知火は?」
「その辺にいたけどな。――それにしても、あいつが元気になってよかったぜ」
「元気ないことなんて、あった?」
意外に思い、焔を見返す。
焔は少し顔を寄せ、囁くように言った。
「南盟戦のあと、双蛾が帰って来ないんじゃねぇかって、見るからに落ち込んでたからな」
「馬鹿なこと言うな」
突然背後で声がした。
振り向くと、不知火が握り飯を頬張りながら立っていた。
「ずっと元気いっぱいだったろ。なんせ、燈都の王だぞ」
目を伏せて笑う焔に、麻袋を差し出す。
「昼飯だ。無駄話してる暇あったら、配って来いよ」
「へいへい」
焔は袋を受け取ると、岩場のほうへ面倒そうに歩いて行った。
双蛾は、天元から戻ったとき素っ気なく「よぉ」としか言わなかった不知火を思い出した。
「本当は、元気なかったの?」
「だから、そんなことねぇよ」
「…寄りかかる?」
「うるせぇな。ちょっと北のほう見てくる」
不知火は握り飯の残りを口に放り込むと、顔を背け、歩き去った。
人界側にばかり構ってもいられない。
離奈衆対策のほうが、より身近な問題だった。
城壁内の守備を交代制とし、不知火や双蛾がすぐに出られなくても、ある程度防衛を任せられるようにはなった。
だが何度か城壁寸前まで迫られ、肝を冷やしたこともある。
「城壁を二重にしねぇか」
斬り伏せた野盗を見下ろし、不知火が言った。
「守備隊を、内外の壁の間に置くんだ。外を破られても、今よりは避難に余裕が持てるだろ」
皆が頷く中、銀狐が天を仰いだ。
「確かによさそうだが、またあの工事の日々かぁ…」
「手分けしてやるしかない」
黒鉄がその肩に手を置く。
焔は不知火を肘で小突いた。
「そこまで考えてるとは、さすが燈都の王だな」
「だろ?」
不知火が胸を張り、笑いが起きる。
双蛾も笑った。
残る守備の課題は、人界側の北面だ。
北衡嶺の岩壁を崩せない理由には、思い当たることがあった。
「界綴りってやつか…」
城の広間で、卓に置いた地図を見下ろし、不知火が呟く。
遥か北方の山頂にある白嶺院に伝わる力。法嶽が悪用しているが、元は山脈を守る尼僧の秘術であると、紅蓮から聞いている。
「結界術みてぇなもんなのか?いまいちピンと来ねぇ」
双蛾は押し黙り、那由多を思い出した。
枯井戸にかけた小さな手。うっすらと光が走り、水が蘇った。
あれはおそらく、とても未熟な界綴りの力だろう。
北衡嶺全体を覆う力など、想像もつかない。
「そのせいかわからないけど、山に砦を築けないなら、人界側にも城壁を置くしかないよ。ここから、この辺りまで」
双蛾は指で地図をなぞる。
「あっちもこっちも、壁か。また銀狐に文句言われるな」
双蛾は笑い、窓のほうに目を向けた。
(那由多、元気かな…)
星占は。
閻魔や弁慶は――。
天元の街並みを思い浮かべ、窓辺に歩み寄る。
城下の灯りのむこうに、暗い夜空が広がっている。
風が双蛾の髪を揺らした。
不知火は黙ってその背中を見つめた。




