第3章 第14幕 北崖党
牙狼は、狩ってきた敵の首級を、腹立ち紛れに焚き火の中へ投げ捨てた。
山脈の岩壁を背にした粗末な砦の前。
頭から被った熊皮を乱暴に脱ぎ捨て、手下の顔を見回す。
隈取りの奥の瞳が、怒りに歪んでいた。
手下たちは息を詰める。
一人に大股で歩み寄り、顔を突きつける。
「なんで俺のいねぇ間に、侵入されてやがるんだ!」
宝物庫と食料の貯蔵庫が破られていた。
「やったのは、どこの奴らだ」
「れ…裂爪です」
聞くや、殴り飛ばす。
手下は岩壁まで吹き飛び、白目を剥いて倒れた。折れた歯が口からこぼれた。
牙狼の背後で、数人の手下がゲラゲラと笑った。
「留守番もろくに出来ねぇ奴は、この赤牙には要らねぇんだよ」
焚き火の前にドカリと腰を下ろし、怒鳴りつける。
「早く飯を持って来い!食ったら、取り返しに行くぞ!」
何人かが走り出す。
「裂爪の奴ら、皆殺しだ」
火に向かって唾を吐く。
隈取りの奥で、瞳が炎にぎらりと光った。
奈落を追われてから、何もかもうまくいかない。
魔境の端くれに追いやられ、まわりを見れば似た境遇のクズどもばかり。ぶちのめしても、得るものはない。
山脈の上に目をやる。
今日も塔が小さく見える。
あそこに何があるのかと登って行ったら、女ばかりの里があった。楽園かと思ったが、婆が二人現れ、妙な術で地に伏された。気合で抜け出し、若い女を攫って逃げた。子を産まそうと思ったが、目の前で自死しやがった。さんざん苦労して登ったのに、何もいいことがなかった。
今も、見えない何かが上から圧をかけて来る。
――忌々《いまいま》しい。
あんな所へは二度と行かん。
狙うなら、あっちだ。
南へ目を向ける。
山脈の果てに、町の灯が見える。
あそこを、手に入れる。
足がかりにして、奈落へ攻め入り――獄皇に逆襲するのだ。
燈都の西の城壁が、出来上がった。
山脈からせり出すように、高い石壁が町を包む。
城門は三カ所。見張り櫓も三カ所に置き、北の守りは特に厚くした。
「これだけ備えりゃ、北崖党も簡単には町に入れねぇだろ」
銀狐が満足そうに壁を見上げた。
「大猪に乗って来ないことを祈るけどな」
焔が言う。建設途中の壁が大猪の突進で大破したのは、苦い思い出だ。
不知火が笑う。
「あとは、軍だな」
「軍なぁ…」
黒鉄がぼやく。
これまで腕の立つ者数名で町を守ってきたが、ここまで町が拡大し敵の侵攻も度重なると、常時配置できる軍が必要だ。
軍配備を見越し、城壁には矢狭間を設け、投石機も備えた。
練兵と編成も進めてきたが、雑多な寄せ集め――一筋縄ではいかない。
双蛾は矢狭間から荒野を覗き、槍を握った。
「今は、あるもので守るしかない。ほら、来るよ」
「えっ」
蹴爪の音に気付いていたのは、不知火だけだった。
「よし、出るぞ。投石機のほう、頼む!」
後方の人足に声を飛ばし、そのまま騎馬して北門から駆け出した。
町が見えたと思ったら、何か飛んで来た。
後方の手下に直撃した。なんだ。岩か?
もう一発来る。
「おい、散らばれ!あんなもんに当たるな!」
言った側から何人かが吹き飛ぶ。
「クソが…!」
牙狼は前方に目を凝らした。
敵は思ったより少ない。
先頭の銀髪が大将か。あいつは別格だ。あんな奴と当たってたまるか。あれは数で潰せばいい。
敵の後列が左右に分かれる。左に一騎、右に――十ほどか。
左は、女? なんだ、妙にいい女だ。
よし、俺はこっちだ。
合図もなく、牙狼は向きを変えた。
駆け抜けた瞬間、双蛾の判断が一瞬遅れた。
敵将が指揮を捨てて突然こちらへ向かうとは、予想外だった。
迅を反転させ、大鉈を槍の柄で受ける。
圧でよろめく。すぐに体勢を整える。
二撃目を躱し、敵の本隊に目を向ける。
半分が前に、半分が左右に分かれる。
統率がない。だが予測がつけにくい。対翼は大丈夫だろうか。
向かい来る敵を、双蛾は数名切り捨てた。
「俺の獲物だ!手ぇ出すな!」
敵将の声で、散って行く。
三撃目。大振りだ。
「お前は殺さねぇ。手足の一本も奪ったら、連れて帰る。俺の女になれ」
何を言っている?
大鉈の打撃を弾きながら、攻める機を窺うが、間合いが取りにくい。手数も多い――厄介だ。
敵の一部が、町のほうへ抜けて行くのが見えた。
岩が飛ぶが、躱される。
まずい、町が――
大鉈が振り下ろされる。
身を引いた瞬間、何かが間合いに割り込んだ。
刃のぶつかる音が響く。
不知火だった。
「こいつは俺がやる。町のほう頼む」
双蛾は向きを変え、町へ走り出した。
「おい!待てよ!」
敵将が踏み出す。青い炎が阻む。
「まあ、俺が来なくてもそのうち双蛾が勝っただろうがな。こういう奴にあんまり近付けたくねぇんだよ」
敵将の隈取りが歪んだ。
「…ブッ殺す!」
牙狼は、前に立つ男を睨みつけた。
大剣をだらりと下げ、隙だらけのようにも見える。
怒りに任せ、大鉈を振るう。
弾かれた。何も見えなかった。
「お前ら、赤牙ってやつか」
男が言う。
「そうだが、なんだ」
「じゃあここでやっとけば、先が楽になるな。赤牙と黒蹄ってのが厄介だと聞いてる」
黒蹄だと。
毛が逆立つ。奈落時代からの目の敵だ。だが奴らも所詮同じ奈落のあぶれ者。
最後に笑うのは、俺だ。
「どけ!あの町を寄越せ!」
大鉈を構える。
「やらねぇよ。行きたきゃ、俺を倒して行け」
斬り込む。
弾かれる。
雄叫びを上げた。
手下が集まる。一斉に斬りかかる。
隙を見て脇を抜ける――炎が飛んで来る。
この炎が面倒だ。苛立つ。
手下が次々に倒れる。何をやってやがる。
いや、この数相手に――どうやった?
男の姿がない。
……どこだ――
振り向いた瞬間、牙狼の首は落ちた。
燈都へ禽馬を向けた。
焔が隣に並ぶ。
「悪い、抜かれた」
「しょうがねぇよ、厄介な相手だった。それに、城壁の堅さを測るのに丁度よかった」
城壁が近付く。仲間の姿が見えた。
敵が折り重なって倒れていた。燃え残った火矢が、あちこちに落ちている。
「中の奴らも、善戦してくれたんだな」
禽馬を降り、歩み寄る。
双蛾と目が合った。
「止め切れなくて、ごめん」
「いや、こっち守ってくれて助かった。守りはお前のほうが得意だろ」
苦笑する双蛾と拳を合わせた。
そのとき、一羽の飛隼が舞い降りた。
不知火の肩に停まる。
足の文を外すと、一声鳴いて飛び立った。
文を開く。
「誰から?」
不知火は一読し、薄く笑みを浮かべたまま、手渡した。
双蛾が紙面に目を走らせる。
(――閻魔?)




