第3章 第13幕 閻魔
地図を広げ、見下ろす。
人界の北東部一帯を占める、天元。
その南東に広がっていた暁は、消えた。
――正理郷、か。
皮肉な名だと、今となっては苦笑するしかない。
視線を移す。
南北の山脈の中央、界門。
一度は埋まったこの地に、今は再び燈都の灯が宿る。
その南東に嶺州、さらに東に岐州。その先に、小国が点在する。
筆を持ち、寺院の位地に印を付ける。
これら南盟の国々の外に、打ち捨てられた地がどれだけあるのか。
まずは、把握することからだ。
どうやって――?
(……那由多)
仕組みはわからぬが、那由多にだけ見えているものがある。紅蓮の言っていた、大地の気の流れというものだろうか。
那由多の力があれば、流れを正し――あの地に、恵みを返せるのではないか。
法嶽のまやかしを暴き、紅蓮の理を取り戻す。
閻魔は宙に向かって手を掲げ、かすかな光を掴むように、拳を握った。
――また、手を伸ばせる。
早く紅蓮にも知らせたい。
南へ行って、よかった。
閻魔は拳を見つめ、笑みを浮かべた。
紅蓮が顔をしかめるとは、思ってもみなかった。
城の広間。二人は立ったまま向き合っていた。
「手が届くと、本当に思っておるのか」
問い返されて閻魔は一瞬言葉を失い、語気を強めて答える。
「届く。誰かが手を伸ばさねば、あの地は救われない」
「閻魔よ。遠きあの地の前に、足元を見よ。この天元と、燈都。それで十分ではないか」
「……十分?」
十分だ、などと考えたことはない。いつだって、目を配り、手を伸ばし続けてきた。
「暁をなぜ手放したのか、思い出せ。人の手の届く範囲には限界があると、知ったであろう」
「限界だったとは思わん。法嶽に嵌められただけだ。紅蓮、そなたの理も取り戻したいのだ」
「わしのことなど、どうでもよい。法嶽のことは本山に任せておけと、言うたであろう」
「本山が介入するのは、寺院のことだけだ。残郷は捨て置かれる」
紅蓮は苦い顔で俯く。
「それは、そうかもしれん――だが」
再び目を上げ、沈痛な目で閻魔を見つめた。
「手が届くとは思えん。今あるものさえ、失うことになるぞ」
「残郷を、見捨てろと言うのか。救う手立てが、ありながら」
「手立てというのは、那由多のことか。那由多まで、利用するのか」
「利用――?」
閻魔は愕然とし、紅蓮を見つめ返した。
沈黙が二人を包んだ。
どれほどの間だったか。
紅蓮が目を伏せた。
ゆっくりと、腰を下ろした。
「――すまぬ。言葉が過ぎた」
閻魔は、静かに深く息を吐いた。
紅蓮が、重苦しく視線を上げる。
「どうやって、救うつもりなのだ」
「……まずは調べたい。どこへ、手を伸ばすべきかを」
紅蓮の向かいに座り、俯いたまま、低く言う。
「…那由多の力を、借りねばならんが…」
再び、言葉が途切れた。
ようやく顔を上げた閻魔を見て、その目の縁が赤いことに紅蓮は気付いた。
「……利用などでは、ない」
紅蓮は立ち上がり、閻魔の肩に手を置いた。
「――わかっておる。悪かった」
立てかけてあった錫杖を手に取る。
「わしは庵に戻る。詳しいことを決めたら、知らせてくれ」
「……力を、貸してくれるのか」
振り返らずに、閻魔が問う。
紅蓮は、背を向けたまま頷いた。
「――もちろんだ。今までも、これからも…」
紅蓮は扉を開け、広間の外へ出た。
星占が立っていた。
はっとして、立ち止まる。
「お帰りですか」
薄く微笑み、星占が尋ねた。
「…ああ。那由多に、よろしくな」
紅蓮は囁くように告げ、星占の横を通り抜けた。




