第3章 第11幕 南
那由多にも、外の世界を見せてやろう。
閻魔はそう思い立った。
庵で話した数日後、南部残郷を見に行くと告げると、紅蓮は思いのほか朗らかに言った。
「法嶽のことなど、本山に任せておけばよいのだ。わしも、もう気にせんことにした」
重い覚悟で決めた閻魔は、わずかに拍子抜けした。あの日二人で話して以来、紅蓮は憑き物でも落ちたのだろうか。
「どうせ南へ行くなら、物見遊山にすればよい。考えてみれば、おぬしはもう何年も、天元から出ていないではないか」
確かに、先日暁の郷へ赴いたことさえ、久し振りだった。
那由多には、閻魔の原点である暁を、見せてやれなかった。
だが、天元王となるまでに必死で駆け抜けてきた場所は、ほかにもある。
南部の視察がてら、燈都や嶺州の異文化に触れさせてやるのも、よいかもしれない。
「そなたも行かぬか」
「わしは、しばらく南部はもうよい。おぬしのいない間、留守番しておこう」
紅蓮は笑みを浮かべた。
「護衛なら、弁慶を連れて行ったらどうだ。二人でともに各地を巡ったことも、今となっては懐かしかろう」
閻魔と弁慶の禽馬に交代で乗りながら、那由多は見るもの全てに目を輝かせた。
街を抜ければ果ての見えぬ平野が広がり、山並みはどこまでも続く。那由多にとっては、どれも初めての光景だった。
「風が気持ちいいね」
振り返って閻魔を見上げる。
「僕、早く一人でウマに乗れるようになりたい」
「わしが教えてやろう。大きくなったら、そなたが星占を乗せてやってくれ」
閻魔は笑った。
途中、星占の故郷にも立ち寄った。
それが母の生まれ育った場所だと、那由多がどこまで理解したかはわからない。
だが神楽の育てる幼子たちと里山で遊び、夜は糸が切れたように眠りに落ちる姿を見て、閻魔の心は満たされていった。
神楽に別れを告げ、嶺州を目指す。
久々に会う景仁は、暁を失った閻魔をたいそう気にかけてくれていた。
燈都復興への助力に感謝を告げ、南部の様子を尋ねる。
「隣国のことで、どうにも腑に落ちぬことがあるのです」
景仁が首をひねる。
蛇蝎亡きあと荒廃していた筈の隣国・岐州が、気付けば豊かに息を吹き返していたという。崩れかけていた寺院も、建て直されたらしい。
閻魔は弁慶と顔を見合わせた。
(界綴り、なるものの力か)
確かめねばならぬ。
――だが、燈都が先だ。
この旅で、最も焦がれてきた場所だ。
あの日、跡形もなく埋まった界門。
近付くにつれ、山脈の切れ目が見え始める。
(…本当に、また開いたのだ)
閻魔の心が躍った。
「よぅ、那由多。お前、会うたびにでかくなるな」
不知火が那由多を高く抱き上げる。
はしゃぎ声が響く。
閻魔は町を見渡した。木造と石造が混在した町並み。雑多な活気は、以前と同じだ。西の果てに、作りかけの石垣も見えた。
魔境の人間たちは、逞しい。
不知火は、那由多を肩に乗せ、閻魔に並んだ。
「暁を手放して、気落ちしてるんじゃねぇかと思ってた」
南盟戦のあと。
手が届かなくなってねぇか――あのときの言葉が、よぎる。
(…気にしてくれていたのか)
閻魔は笑みを浮かべ、拳を突き出した。
不知火が拳を合わせた。
残郷を見に行く。
宴の席で告げると、黒鉄が言った。
「那由多を置いてくなら、うちで預かろう。二人も三人も、変わらんからな」
「ありがたい」
膝で眠ってしまった那由多を見たのち、閻魔は笑みを返した。
紅蓮の話では、荒れ果てた場所も多そうだ。幼子を連れて行くのは、さすがに気が引けた。
「私も、行こうかな」
双蛾がぽつりと呟く。
「嶺州の先の様子、見ておきたい」
不知火は頷いた。
「行って来いよ。北崖党のことは、こっちで何とかする」
「北崖党…?」
耳慣れぬ単語に、閻魔は眉をひそめた。
不知火が酒を置く。
「北衡嶺の麓に、根を張り出した奴らがいるんだ」
弁慶が腕組みして唸った。
「今までの奴らとは、違うのか」
「赤牙だの黒蹄だの、妙な名で徒党を組んでな。たいがい勝手に争ってるだけだが、たまにこっちまで出て来るから厄介だ」
誰も、すぐには口を開かなかった。
空気を変えるように、焔が言った。
「まあ、色々対策はしてるさ。明日投石機を見せてやるよ。たまげるぜ」
「お前の手柄じゃねぇがな」
銀狐が言い、皆が笑った。




