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天元戦記  作者: yakiniku1010
第1章
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第1章 第4幕 閻魔

次の朝、閻魔えんま弁慶べんけいは東方の漁村へ向け旅立った。

短い休息をはさみ、昼夜なく禽馬きんばを走らせる。

道中もずっと日照りで、立ち寄った農村はどこも同じように苦しんでいた。

海が近付くにつれ、空気が湿気を帯びはじめた。

目指す漁村が見えて来たのは、村を出て五日目だった。

父の代から付き合いのある領主と、肩を叩きあって再会を祝った。

夜は酒宴が催され、久々にたらふく食った弁慶は、大いびきで眠った。

津波のときの恩をやっと返せる、と、領主は喜んで海の幸を提供してくれた。

二晩泊まって漁村を後にした。

また五日過ぎて村が近付く頃、あいつはいいヤツだったな、と弁慶が呟いた。

「…領主なんて、クソばっかりだと思ってた。世の中ってのは、もっと広かったんだな…」

閻魔は微笑む。

「…間違える前に、知れてよかった」

弁慶は照れくさそうに頷くと、土産の包みを掲げて笑った。

「まったくだ。あぁ、早くみんなにうまい魚を食わせてやりてぇな」

「そうだな。子供たちは喜ぶぞ」

「ああ、あいつら、こんなご馳走滅多に食えんからな。さあ、急ごうぜ」

乾き始めた風の中、二人は禽馬きんばを進めた。


その風に、焦げたにおいが混じり出したのは、村が見える丘の手前だった。

空に立ち昇る煙は、炊事のものにしては、多すぎる。

閻魔は一瞬立ち止まった。

――違う。

二人同時に、禽馬きんばに鞭を入れた。

――何だ。何が起きた。

丘を越えた。

村が、燃えている。

閻魔は叫び、一直線に火の粉の中へ飛び込んだ。

くらに下げた土産の袋が、激しく揺れた。海のにおいが、風に散った。


嘘だ、と唇が動いた。声が出ない。顔が焼けるように熱い。

禽馬きんばの背から飛び降りる。足がもつれ、膝をつく。すぐに立ち上がり、走り出す。

炎に手をかざし、目を凝らした。崩れかけた家並みが、熱気に揺らぐ。人の姿は見えない。

「うおぉぉぉぉ!」

弁慶が、閻魔の脇を駆け抜けた。

「誰か!いねぇのか!返事しろ!」

瓦礫がれきを掴んでは投げ飛ばす。一瞬、その動きが止まる。

「あぁ……なんてこった……!」

頭を抱えるが、すぐに、また別の瓦礫へ飛び付く。

閻魔は、その道をふらふらと進んだ。

あっちへ行けば寄り合い所。向こうには厩舎きゅうしゃがあって、その先の井戸端では、誰かが野菜を洗って――

足が止まった。

うつ伏せに倒れた、小さな影。

見覚えのある着物。

息が止まる。

崩れるようにしゃがみ込み、抱き起こす。

あの日、弁慶から自分を庇った子供だった。

「……なぜだ……」

煤けた小さな手を握る。

もう、握り返してはこない。

視界が、歪む。

自分が泣いていることに、そのとき気付いた。

「なぜ……守れなかった……」

亡骸なきがらを抱きしめ、閻魔は嗚咽した。

挿絵(By みてみん)


生き残ったのは、十数人だった。

三日前、隣村の連中が農具を振り上げ、食料を奪いになだれ込んだ。皆で抵抗したが、やがて火が放たれ、乾いた風であっという間に燃え広がった。

瓦礫の下から引っぱり出した若者が、

「閻魔様の留守を守れなかった。すまねぇ、すまねぇ……」

と泣き崩れた。

閻魔の胸が潰れた。

守れなかったのは、自分だ。

こうなった以上、生き残った者達を、命に代えても守らねばならない。

この村を、立て直せるか。

――無理だ。

あの漁村に頼るしかない。

住み慣れた村を捨てると告げると、村人達は、声を押し殺して泣いた。

だが、閻魔の決断に、皆、涙を拭って立ち上がった。

まだ残り火が煙を上げる中、焼け残った食料や衣類を掻き集め、閻魔達は村を後にした。


かつて弁慶と五日で駆け抜けた道を、弱り切った村人を連れ、徒歩で進む。

二頭の禽馬きんばには、怪我人や老人を乗せた。

弁慶は不思議なほど元気で、荷物を片っ端から担ぎ、疲れた村人を背負って、

「この道は覚えてる。ついて来い」

と、大声で先導した。

一同が木陰で休む間も、水を汲み、食料を調達してまわった。

弁慶の腹の音に、笑う者が次第に増えた。

どれほど歩いたか。漁村が近づいた。

村人たちが、海の広さや潮の香りに感嘆の声を上げた。

ようやく閻魔の肩も軽くなった。

漁村の領主は閻魔の再訪に驚きながらも、事情を聞くと、ともに涙を流し、村人たちを受け入れてくれた。

「お前も、ここに残るといい。一緒に村を守ってくれたら、俺も心強い」

感謝を言葉にできず、深く頭を下げる閻魔の肩を、領主は力強く叩いた。


閻魔と弁慶は、海辺の物置小屋を寝床に借りた。

夜通し聞こえる波の音は、故郷の村にはなかったものだ。

故郷は―――もうない。

父から受け継いだ村を、自分がなくしてしまった。

『手の届くみんなを救ってやるんだ』

父の口癖を思い出す。

自分は…手が、届かなかった。

この村をともに守ろうと、領主は言ってくれる。

だが、自分がここで生きていく未来が、思い浮かばなかった。

「閻魔…起きてるか」

弁慶が、低く囁いた。

「…ああ…」

暗い天井を、ぼんやりと眺める。

挿絵(By みてみん)

しばらく何も言葉がなかった。波の音だけが、途切れずに続いた。

「…天元てんげんに、行ってみないか」

―――天元?

波が、ゆっくりと打ち寄せては引いていく。

「大きな国でな。理想郷だって、聞いたことがある」

弁慶が、こちらへ体を向ける気配がした。

しばらく、何も言わない。

「……俺はなぁ」

言いかけて、弁慶が一度、言葉を切った。

「お前の村が、好きだった」

低い声だった。

「あの村が、理想郷じゃねぇかって……思ってた」

また、波の音だけになる。

閻魔は何も言わない。

「……見に行こうぜ」

ぽつりと、弁慶が言った。

「天元を見てよぅ……もう一回、やってみねぇか」

少し間があって、

「……手伝う」

その一言は、短かった。

「お前の理想郷を、もう一度見てぇ」

――理想郷。

浮かんでは散る感情が、波の音に溶けていき、その言葉だけが残った。

…もう一度、やれるのか?

弁慶と。

「…天元か」

闇に、光が差す。

「……行ってみるか」

その光に、手が届いたなら――二度と、放さない。

閻魔は、その光を、ただ見つめた。

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