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天元戦記  作者: yakiniku1010
第1章
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第1章 第3幕 弁慶

まぶたが重い。

開くと、見慣れぬ天井があった。

ここはどこだ?

記憶が曖昧あいまいだ。

…どこかの村で、クソみてぇな領主を叩きのめした。村人が泣いて感謝して、握り飯をくれた。

…それから、どうした。

「おう、目が覚めたな」

静かな声がして、横を見る。

燭台しょくだいの小さな灯りに、胡坐あぐらをかいた男の姿が見えた。

そうだ、こいつは、ここの領主だ。

……領主。

俺は、こいつをやっつけようと…。

「こっちへ来て、一緒に飲まんか。いや、飯が先か?」

男は、手酌てじゃくで酒を飲んでいた。

何事もなかったかのように。

逆光で、表情は見えない。―――読めない。

しばらく、無言が続く。

男がさかずきをあおるたび、ろうそくの灯がゆらりと揺れる。

弁慶べんけいはゆっくりと体を起こした。

あちこちが痛むが、体は清められ、傷には包帯が巻かれている。

甲冑かっちゅうと衣類が、枕元に置かれていた。

「…手当してくれたのか」

「ああ、村の連中が一緒に運んでくれてな。…ずいぶん重かったが」

ククッと、男の肩が揺れた。

目が慣れてきた。

…領主のくせに、ずいぶんと質素な部屋だ。

こいつは、…おかしな野郎だ。

何を考えてる?


弁慶は、南方の小国の兵士だった。

王は道楽者で、年貢ねんぐで遊び暮らしていた。

日照りで不作が続くと、村は荒れた。

暴徒になるのはいつも民だけで、村長は見て見ぬふり。

王も王なら、村長も村長だ。

一揆の鎮圧に駆り出されるたびに、弁慶はうんざりした。

届く年貢が減り始めると、王は怒り、わめいた。

米がなければ、種籾たねもみを納めろ――。

種籾がなくなれば、翌年以降も米は穫れない。

「いいから、取り立てて参れ!渋るようなら、痛めつけてやれ!」

――聞いているうちに、気づけばこぶしを叩き込んでいた。


国を追われ、当てもなくさまよった。

とある村で、理不尽に村人を打ち据える領主を見た。

カッとなり、また拳が出た。考える前に。

「次やってみろ。俺はどこからでも戻って来て、ぶちのめしてやるからな!」

倒れ込んだ領主を怒鳴りつけ、鼻息荒く村を出た。

その弁慶を、一人の子供が追って来た。

「お母ちゃんが、これ持ってけって」

差し出されたのは、干柿ほしがきだった。

走り去る子供の背を目で追う。

(…俺は、いいことをしたのか?)

じんわりと、胸が熱を帯びた。


行く先々で、強欲ごうよく領主をぶん殴ってやった。

そのたびに感謝されてきた。

なのに、さっきのあれは何だ。まるで、俺が悪いみたいに――。

「食わんか?俺が作ったんで、たいしてうまくもないが」

弁慶が黙っていると、男が再度誘い掛けた。

「…嫁は、おらんのか」

流行はやり病でなぁ…」

言いながら、皿を差し出してくる。

弁慶は目をそむけた。

なぐった相手の世話にはなれん」

「気が引けるなら、明日から畑仕事を手伝ってくれ。先を急ぐ旅でなければな」

…この男は。

俺に殴られたんだぞ。

なのに、なんだ。この鷹揚おうようさは…。

弁慶は押し黙った。

…グゴゴゴゴゴ…

また高らかに腹が鳴った。

男が笑い声をあげた。

「それが返事だと思っておこう。さあ、こっちへ来て、食え」

ばつの悪い思いで、弁慶は男の対面へとにじり寄った。

ようやく男の顔がはっきり見えた。

邪気じゃきのない目で、にこやかにこちらを見ている。

食べかけの皿を、再びこちらへ近寄せた。

煮た芋と、少しの干し魚が乗っていた。

……領主の食いもんじゃねぇだろうが。

弁慶は迷いながらも芋を手にとり、かじった。

―――うまい。

胸と腹に、素朴な塩味がしみ込んでゆく。

俺は…何をやってんだ…。

「不作続きとはいえ、田畑では力仕事も多い。手伝ってもらえると助かる。お前は、力が強いようだからな」

男は盃を弁慶の前に置き、酒をついだ。

左頬ひだりほほが腫れている。

「……殴って、すまなかった」

「あれは痛かった」

男が笑いながら盃を掲げた。

弁慶は、つがれた酒を飲み干した。

なぜか目の奥が熱くなった。

挿絵(By みてみん)


翌朝、閻魔えんまの後に続いて戸口を出ると、村人たちが家を取り囲んでいた。

二人に交互に目を向ける。不安げな顔と、怒った顔が、半々だ。

閻魔は片手を挙げ、よく通る声で呼びかけた。

「昨日は騒がせたな。もう心配いらん。村の仕事を手伝ってくれるそうだ」

すると村の衆は顔を見合わせ、安堵したように言葉を交わし、散って行った。

弁慶は呆気に取られた。

何だ?今ので許されたのか?

…こいつの言葉だけで?

もっと責められると思った。追い出される覚悟もあった。いや、むしろそれが普通だろう。

なのに、なぜこの村は、こうなのか。

―――知りたい。

閻魔の後ろを、弁慶は数歩遅れてついて行った。


弁慶の、村での暮らしが始まった。

水を汲み、禽馬きんばの世話をし、くわを振るった。

初めはムスッと黙っていたが、やがて村人の冗談で笑うようになった。

頑丈で大きな弁慶を子供たちは面白がり、飛び付き、よじ登って遊んだ。

弁慶の腹が鳴ると、どっと笑いが起きた。

野良仕事の最中、たまに、気づくと閻魔が隣で鍬を振るっていた。

指示は的確で、偉ぶることはない。村人と笑い合う姿は、打ち解けて自然だった。

弁慶の姿を見かけるたびに、手を振って寄越した。

そのたびに弁慶は、気圧けおされるように目をそらした。

だがいつの間にか、『領主』と聞いても、怒りは湧かなくなった。

挿絵(By みてみん)


「それにしても、雨が降らんなぁ」

畑で、隣の男が空を見上げて呟いた。

ギラギラと照りつける太陽に、耕したばかりの土がひび割れていく。

弁慶は、故郷を思い出した。

飢饉が二年続いた頃から、村同士の争いや一揆が起き始めたのだった。

このまま日照りが続いたら、この村はどうなる?

弁慶の胸を不安がよぎった。


雨が一度も降らぬまま、村は秋を迎えた。

やはり米は不作で、蔵の備蓄も底をついた。

近隣の村では、暴動から死者が出たらしい。

閻魔は村人たちと相談し、農耕用の禽馬きんばを数頭、食料とする決断をした。

禽馬の餌の確保も、ままならなくなっていた。


月が円い夜だった。

弁慶は、がらんとした厩舎きゅうしゃを、ぼんやり見ていた。

手をかけて世話した禽馬きんばが、減ってしまった。

人の気配がして目を向けると、閻魔だった。

弁慶の隣で立ち止まり、同じ姿勢で、静かに厩舎を見つめる。

「ウマ達には、かわいそうなことをしたな。よく働いてくれた、いいウマだったのに」

二人きりになるのは、最初の日以来だった。

「仕方ねえだろ。ウマより人が優先だ」

「ああ…そうだな」

しばらく無言の時間が続いた。

月が、やけに明るい。

急に、昔の話をしたくなった。

「俺の故郷はな…」

ぽつりぽつりと、言葉を吐き出す。

「ろくでなしの領主のせいで、みんな苦労してた。飢饉から暴動が起きて、焼けた村もある。誰も、幸せじゃぁなかった」

閻魔は何も言わない。

「…この村は、いいな。たぶん…領主が、いいんだろう」

閻魔がこちらを向くのがわかった。

弁慶は目を合わせられず、厩舎を見つめたまま話を続ける。

「このまま日照りが続いたら、村が持たん。俺は、この村を、俺の故郷のようにはしたくねぇんだ」

弁慶は、意を決し、閻魔のほうへ向き直った。

「閻魔。俺にできることは、ねえか?」

閻魔は、穏やかな顔で弁慶を見つめ返した。

「…初めて、自分のことを話してくれたな」

厩舎に残った禽馬きんばが一頭、クェッと鳴いて寄ってきた。

そのくちばしを撫でてやり、閻魔は言った。

「知り合いの村を、訪ねようと思っている。ずっと東の漁村でな。昔、津波のあとに村ぐるみで手伝ったんだ。今度はわしらを助けてほしいと、頼んでみるつもりだ」

そして閻魔は、また弁慶のほうを見た。

「一緒に行ってくれるか?」

弁慶の胸が、じんわりと温かくなった。

閻魔が受け入れてくれて、純粋に、嬉しかった。

いや、たぶん閻魔は、ずっと前から受け入れてくれていた。

壁を作っていたのは、自分のほうだ。

「…魚をたくさんもらえたら、持って帰るのに人手がいるもんな」

弁慶が不器用な笑顔を向けると、閻魔も笑った。

月明かりに、その笑顔が眩しく見えた。



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