幕間 燈都防衛戦
敵影、との報せを受けて、焔たちは禽馬で荒野に出た。
相手も禽馬だ。前回のような魔獣の騎兵隊でないだけ、まだましか。数は――三十ほど。こちらの倍近くいる。
「畜生、あと少しで投石機が完成したのに」
隣の銀狐が舌打ちする。
「俺たちで食い止めるしかない。あいつらと、約束したろ」
黒鉄が唇を結んだ。
「出るぞ!」
焔の掛け声で、一斉に禽馬を駆る。
左右に分かれ、敵を挟み込む。散らせず攻めるのは、得意の戦法だ。
敵が近付く。顔全体に、黒い刺青。ここらの野盗ではない。
(また離奈衆かよ…!)
剣を交える。互角、いや、こちらが押している。
勝てる――そう思った矢先、焔の目の前を何かが横切った。
鉄球だ。
異様に長い鎖の先に鉄球をつけ、後衛の兵が振り回しているのだ。
黒鉄の腹を直撃した。
「黒鉄!」
敵を一人切り伏せ、下馬した黒鉄に禽馬を寄せる。空になった禽馬は奪われた。
「焔、突破される!」
銀狐が叫ぶ。
「先回りして町へ!蔵は明け渡していい、人だけは守れ!」
銀狐が禽馬を翻し、数名を率いて町へ走った。
敵が散って行く。
黒鉄を抱き起こす。
呼びかけるが、返事がない。
重い体を持ち上げて禽馬に乗せ、自分も跨る。
土埃が町のほうへ迫って行くのが見えた。
(――このまま、やられるのか。あいつらのいない間に…)
禽馬を進めながら、焔の胸に黒い靄が広がった。
敵は蔵を破ると、引き上げた。
日の暮れ始めた荒野で、これ見よがしに、こちらから見える距離で野営の準備を始めている。明日また襲撃してくるつもりだ。
「――閻魔のおっさんに文を送って、援軍を頼んだ」
町の西端に急ごしらえした幕僚。天幕に入り込むなり、銀狐が言った。
座り込んだまま、焔が応える。
「…南盟のことで大変だろうが、背に腹は代えられねぇよな」
ずっと意識のなかった黒鉄が、うっすらと目を開けた。
起き上がろうとして顔をしかめ、また寝転がる。
「無理すんな、肋やってる。下手すりゃ内臓もだ」
焔が囁くと、黒鉄は目にうっすらと涙を浮かべた。
「俺は…死ぬのか。不知火の留守も守れず…不甲斐ねぇ…!」
「おい、死ぬなんて言うな!」
銀狐が枕元に座り込む。
「ずっと一緒にやって来たじゃねぇかよ…」
拳で目元を拭う。
焔は固く目を閉じ、俯いた。
そのとき。
天幕が乱暴に開いた。
大柄な女が、仁王立ちで立つ。胸と背に一人ずつ幼子をくくりつけている。
「杏…」
黒鉄が、弱々しく妻の名を呼んだ。
「…死ぬ前に、会えてよかった…俺がいなくても、子供たちと幸せに…」
言い終えぬうちにドカドカと天幕に入り込むと、黒鉄の尻を思いきり蹴り上げた。
「痛ぇ!!何すんだ!」
黒鉄が目を剥く。
「このくらいで死ぬわけないだろ!頑丈だけが取り柄なんだから!」
杏は腰に手を当て、焔と銀狐を交互に睨む。
「大の男が三人揃って、何めそめそしてるんだ。あんたたちが頼りないから、あたしらで投石機完成させたよ!」
「えっ」
ちょうどそのとき、外で歓声が上がった。
焔と銀狐が走り出る。
投石機のまわりに、女が集まっていた。
「今の見た!?命中したよ!」
蛮族の野営地に、煙が上がっている。
「あたしが敵をやっつけたって知ったら、不知火、付き合ってくれるかなぁ〜」
身をよじり、甘い声を上げる。
「ずるーい!あたしもやるぅ!」
石を抱え、次々に群がる。
唖然として口を開ける焔と銀狐の横で、杏が不敵に笑う。
「フッ…あの機械は、なかなかいいね。不知火たちが帰るまでに、もう一つ作っとくか」
言うが早いか、走り去る。
「銀狐」
今度は背後から呼びかけられた。
「…じいちゃん?」
銀狐の祖父が立っていた。鎧甲冑を身に着け、薙刀を持っている。武装した老爺を数人引き連れていた。
「なんだ、その恰好。まさか、戦う気か」
「ふん、何十年この魔境で暮らしてきたと思っとる。ウマを借りるぞ」
「何言ってんだ。いつも酒飲んで寝てるだけだろ」
「馬鹿め。不知火のような若造より、わしら燻し銀のほうが魅力があると、見せつけてくれるわ」
「見せつける?誰に」
老爺は、投石機のまわりの女たちに目を向けた。
「ムフッ」
口元に笑みを浮かべ、一斉に禽馬に跨る。
「行くぞぉ!」
止める間もなく、駆け出して行った。
「きゃぁ、また命中よぉ~!」
女たちが騒ぐ。
焔と銀狐は、呆然と荒野を見つめた。
老爺の群れが敵陣に辿り着き、乱戦が始まっている。
銀狐がぽつりと漏らす。
「…援軍要請、しちまったけど…」
「…やっぱりいらねぇって、また送っとくか」
焔が小さく呟いた。




