第3章 第3幕 魔境
蛇蝎打倒後、二人が再び界門へ戻るまで、三年近くを要した。
最大の障害は、兵同士の確執だった。
嶺洲から引き揚げた燈都兵にとって、天元は街を焼いた仇敵。天元兵もまた、昨日までの敵に背中を預ける気はない。
双蛾は両陣営へ幾度も足を運び、言い分を聞いては対話を重ねた。
不知火が痺れを切らし、「いいから俺のやるようにやれ!」と両軍を引っ張ることもあった。
辺境での反乱鎮圧や復旧作業を共にするうち、僅かずつ溝は埋まっていく。
三度目の冬が終わる頃、軍の後を天元に託し、ようやく二人は旅立った。
禽馬で通れる道を探りつつ、土石の山を越える。
懐かしい土埃の匂いが鼻を刺した。
泉の拠点へ着くと、歓声とともに人が押し寄せた。
背を叩かれ、肩を抱かれる。
「思ったより遅かったな」
二年前、先に帰した焔たちが、歩み寄って笑った。
拠点の様子も変わったが、何より黒鉄が父親になっていた。
酒席で幼子を抱く姿に、不知火は目を細める。
「黒鉄は、いい親父になると思ってたんだ。銀狐と違ってな」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
どっと場が沸く。
肉皿を手に、焔が輪へ入った。
「双蛾には、酒よりこっちだろ」
「ありがと」
焔は少し真顔になった。
「来る途中、野盗が増えてなかったか」
「野盗?」
双蛾は不知火へ視線を投げる。
「いや、野盗どころか誰にも会ってねぇ。魔境には人がいなくなったかと思ったぜ」
「そうか…界門までは行ってねぇんだな」
「何かあったのか」
「離奈衆がな、奈落から砂漠を越えて、こっちまで出て来るようになった」
奈落。
魔境のはるか西部に広がる戦乱の地。山岳と砂漠に囲まれ、この辺りとの接触はほとんどない。
離奈衆とは、そこを捨てた者。あるいは、そこに捨てられた者だ。
不知火は腕組みし、西を睨む。
「まあ、何が来ようと、迎え撃つまでだがな」
「いやぁ、この感じ。不知火が帰って来たって、実感するなぁ」
銀狐が言い、一同はまた笑った。
界門での労役が始まった。
怒号と笑いが飛び交った。
双蛾は争いを収め、不知火は誰より先に縄を担いだ。
荒野に街を築いた日々が蘇る。
嶺洲にも人足を求めた。
景仁は、「界門など閉じていた方が安全だが」と笑い、それでも快く人を寄越した。
春は石を砕き、夏は土を運び、秋は崩れた斜面に杭を打つ。
二度目の春が巡る頃、禽馬がようやく通れる細道が開いた。
その細道を、弁慶が越えて来た。
歪な建物の並ぶ作業場を見渡し、呟く。
「こりゃあ、小さい燈都だ。またここに、あの街が出来るんだな」
髭面の奥の瞳が、篝火に潤むのを見て、「気が早ぇな」と不知火は笑った。
酒卓を囲み、積もる話を交わす。
人界の南東が荒れていると、弁慶が言う。
「戦になったら、お前らの力を借りねばならん」
不知火は腕組みし、顔をしかめた。
「争いってのは、どこにでも起きるもんだな」
こちらも、離奈衆に手を焼いていた。
魔境に戻って以来、離奈衆は三度拠点に現れた。
二度は野盗として、一度は難民として。
奈落の情勢が、難民を通じ初めて耳に入る。
ここ数年、「獄皇」なる人物が台頭し、戦乱が激化しているらしい。
「閻魔の耳にも入れておこう」
弁慶は神妙に頷いた。
そこから先は、酒も入り話が弾んだ。歌い、躍る者まで現れた。
騒ぎの中、双蛾が弁慶の袖を引く。
「星占は元気?」
「元気だ。会いたがっとった」
「那由多は?大きくなったよね」
「ああ、よく喋る。時々、不思議なことも言う」
「そっか。星占に似たのかな」
双蛾は北へと目を向けた。
風が吹く。
(ねえ。未来は、変わったの?)
聞けない問いを、双蛾は飲み込んだ。




