第3章 第2幕 天元
会議が終わり、座がはける。
議論を続けながら連れ立つ者。書簡を抱え、何か呟きつつ去る者。皆、閻魔の横を通る際、足を止めて会釈を寄越す。
蛇蝎の治世では、閑職に追いやられていた者たちだ。
経済、産業、土木。今はそれぞれの才で国を支える。
この四年、紅蓮や弁慶と試行錯誤し、仕組みを整えてきた。
天元の歴史を紐解く中で、驚いたことがある。
先王は、閻魔と同じ世を目指していた。
富を分け、弱者に手を差し伸べた王だった。
だが、その時代は長くは続かない。不可解な死を遂げていた。
先王だけではない。
蛇蝎が王位に就いて間もなく、重臣が次々に姿を消した。妻さえも。
額に触れた冷たい手を思い出す。
あれが、蛇蝎のやり方だった。
自分は違う。
手を伸ばし続ける。
天元王となった今も、それは変わらぬ理だ。
「ちちうえ」
開け放たれた扉の向こうから、たどたどしい足音が聞こえた。
那由多がよちよちと近づき、足にしがみついた。
抱き上げると、星占が顔を出した。
「こちらへ来てはいけないと、言ったのですが」
「よい。丁度終わったところだ」
部屋を出て、回廊に並び立つ。
活気ある街並みが見える。
路地裏に隠れていた貧困も、今は過去のものだ。
「今日は天気がよい。後で街に連れて行ってやろう」
那由多は嬉しそうに、閻魔の髭に触れた。
そしてふいに、東へ顔を向ける。
「お山が、うごいてる」
同じ方角に目をやる。
北衡嶺の尾根が、陽光に輝くのが見える。
何も変化はない。
那由多は時折、遠い目でものを見る。
母と同じ目。
何か受け継いだ力があるのかもしれないと、閻魔は思う。
星占は、あれ以来予言の話をしない。
今、彼女に未来がどう見えているのか、閻魔は知らない。
燈都では、助けられた。
もしまた運命の分かれ目を彼女が指し示すならば、信じて耳を貸すつもりだ。
だが、未来は自分で切り開くものだ。
これまでもそうしてきた。
これからも。
城門をくぐり、上って来る弁慶が見えた。
最近は、暁の郷を任せている。
飛隼で文を寄越さず、自ら赴いたということは、込み入った話かもしれない。
弁慶がこちらに気づく。
那由多を見て、手を振って寄越す。
(難しい話は後だ。まずは久々の再会を祝うとするか)
閻魔は那由多を抱いたまま、階下へ足を向けた。
賑やかな大通り、馴染みの食堂で卓を囲む。
蛇蝎亡きあと、静まり返った街で真っ先に店を開けた店主は、あちこちで声を上げた。
「あの火の中、命があったのは暁のおかげだ。蛇蝎様の時代より、これから絶対によくなる」
今も、足を運べば、何も言わず一品差し出してくれる。
昼時の店内は騒がしい。
那由多は弁慶の膝で、土産の木彫りの禽馬を手に、辺りを興味深げに見回している。
「また、戦が…?」
星占が眉をひそめた。
「なぁに、すぐに追い返してやったさ」
弁慶は笑い、その後わずかに目を伏せた。
「どうも、南東がきな臭い。暁が大きくなって、面白くねぇ連中もいるんだろう」
郷の南東。かつて閻魔が暮らした地だ。故郷を失って以来、足を踏み入れていない。今も小国や集落が乱立する。
「わしが天元を離れられぬ分、苦労をかけるな」
「大したことねぇよ。だが、大きな戦に備えて、あいつらにも声かけとこうと思ってな」
顎で南を指し示す。
界門方面。
ここ一年、不知火と双蛾は復興にかかりきりだ。
「双蛾に、会いに行くのですか」
星占が身を乗り出した。
「俺も、会うのは久し振りだ」
弁慶が頷く。
「元気かなぁ」
双蛾の話をするときだけは、少女のような顔になる。
閻魔は微笑んだ。
「行って来ても、よいのだぞ。途中で故郷に立ち寄り、神楽殿にも会って来ればよい」
「うーん…」
星占は俯いた。
神楽のように、親のない子らの力になりたいと、星占は孤児院に力を貸していた。長く天元を離れるとなると、気がかりも多いのだろう。
「行きたいけど、那由多も小さいし…それに結局、一人ではウマに乗れないという問題が」
星占は眉尻を下げて笑った。
ウマと聞いて那由多が、木彫りの禽馬を機嫌よく振った。
弁慶の哄笑が店に響いた。




