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天元戦記  作者: yakiniku1010
第2章
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第2章 第16幕 蛇蝎

区画整理された門前町。

その閑静な上り坂の果てに、城の姿が見えたとき。

背後で爆音が轟いた。

市街地から炎が上がる。

先頭を走っていた弁慶べんけいが、立ち止まり、振り返る。

紅蓮ぐれん双蛾そうが…!」

閻魔えんまは止まらずに、その横を駆け抜けた。

「二人に託したのだ。信じて進む」

不知火しらぬいが続く。

「そうだぜ。ここからが俺たちの仕事だろ」

慌てて弁慶が前方へ向き直ると、空から無数の矢が振り注ぐところだった。

不知火が跳び、矢の雨を大剣で叩き落とした。

逆方向の矢を、炎で焼き払う。

「そこだな」

西方の屋敷目掛け、腕を突き出す。青い火の玉が飛び、壁が崩れた。数人の弓兵が泡を食って倒れた。

不知火は大剣を肩に担ぎ、言った。

「ここは俺が片付ける。お前らは行け」

「しかし…」

弁慶が歩み寄ろうと踏み出すと、不知火はその胸に剣を突きつけた。

「そこが、お前の悪いとこだ」

弁慶は踏み留まる。

「これは閻魔の戦いだろ。お前が行かなくてどうする」

閻魔は不知火を見た。目が合う。不知火の口元に笑みが浮かぶ。

矢が放たれた。

不知火が大剣を振り、風圧で払い落とした。

「行け!」

矢の来た方角へ跳び、姿を消した。

路地の向こうで青い光が弾ける。

閻魔は前方を見据えた。

「……行くぞ」

弁慶が拳を握りしめる。

「続けぇー!城は目前だ!」

「おぉ!」

兵も走り出した。


城門が見える。

奥から矢。弁慶が振り払う。

「突破するぞぉ!」

速度を上げ、肩から門に叩き付ける。

門が吹き飛ぶ。内側の兵ごと。

挿絵(By みてみん)

「進めぇー!!」

敵兵が押し寄せる。弁慶が薙ぐ。また新手。燈都とうと兵が応じる。閻魔も剣を振るう。

扉の前に、人が群がる。

「閻魔様!ここは我々が食い止めます!」

「お進みください!」

弁慶の手が届く。扉が開く。

閻魔が駆け込む。弁慶が続く。

なだれ込む敵兵を押し出し、捻じ伏せるように弁慶は戸を引いた。

鈍い音とともに、扉が閉じる。

喧騒が、断ち切られた。


薄暗い吹き抜けの広間を見渡す。

ここへ足を踏み入れたのは、十年以上前だ。

冷たく沈んだ空気は、あのときと同じだ。

異様なほど人気ひとけがない。

閻魔と弁慶は頷き合う。

記憶の通りに、廊下を進む。

足音が響く。

奥へ進むほど、空気が重みを増す。

灯りの届かぬ闇の先に、重厚な王の間の扉が現れた。

手をかけた。

そのとき、背後で遠く、音が割れた。

正面の扉が破られたのだ。

弁慶が振り返り、剣を構える。

「閻魔、行け」

こちらを見ず、短く言う。

「決着をつけて来い」

閻魔はその大きな背中を見つめ、唇を結んだ。

弁慶に背を向け、扉を押し開けた。


足を踏み入れた。

扉の閉まる音が、重く響く。

暗い部屋の中央に卓。地図がぼんやりと光を放つ。

傍らに立つのは――

蛇蝎だかつ

閻魔に目もくれず、さかずきを傾ける。

「――れいは、何者にもなれず死んだか。愚かだ」

(零……?)

蛇蝎は脇机からもう一つ盃を取ると、酒を注いだ。

地図を見たまま、笑みを浮かべる。

「来い」

剣を収め、歩み寄る。

地図を挟んで立つ。

蛇蝎を見た。

蛇をかたどった王冠。艷やかな黒髪。頬に薄い皺。灰色に見える肌。

細い指で盃を取り、卓上を滑らせて寄越す。

「毒はない。もてなしだ」

閻魔は静かに盃を取った。芳醇な香りが立つ。一口飲む。

蛇蝎は地図に手をかざした。色と文字が動く。

「見よ。祖父の代だ」

北西一帯を青紫が染める。「天元てんげん」の文字が輝く。

「美しかろう」

手を僅かに動かす。周囲の色が変わる。青紫だけが、変わらず輝く。

「無駄を省き、はみ出すものを切り捨てた、美しさだ」

東の一点に赤が灯り、広がる。

(あかつき――)

「歪な赤よ」

冷ややかに断じる。

色のなかった界門かいもんが赤く染まる。「燈都とうと」の文字が浮かぶ。

蛇蝎の手が、燈都の上で止まる。

南北の山脈が伸び、繋がる。

赤が、消えた。

閻魔の胸に、痛みが刺した。

蛇蝎は視線を上げ、初めて閻魔を見た。

「手を伸ばさず、捨てることを学んだか」

閻魔は盃を置いた。

蛇蝎を見据える。かつてと同じ、底しれない闇の瞳。

息を吸う。

「二度と捨てぬ。そのために来た」

蛇蝎の目が細くなる。

閻魔を観察し――笑った。

「醜いままだな」

盃を置く。その手が上がる。

指先が額に触れる――

頭上から闇が落ちた。

息が止まる。

(なんだ、これは――)

意識が遠のく。

闇の彼方に、暁の水路が浮かぶ。

笑い合う声。揺れる稲穂。

失われた故郷の面影が重なる。

次の瞬間、村のすべてが炎に呑まれる。

――違う。

燃えているのは、燈都の城だ。

何もなかった荒野に、仲間と築いた城。

守るために、手放した――

もう、何も手放さないと誓った筈だ。

足に力を込める。

踏み替える。

半歩、外れた。

「……ほう。耐えたか」

視界が戻る。

胸が早鐘を打つ。

扉の外で、ざわめき。弁慶が止めている。

呼吸を整える。

蛇蝎を見据え、剣を抜く。

「暁を守る。――この国も正す」

蛇蝎がすらりと剣を抜く――が、構えない。

剣を下げたまま、笑う。

「そういう者が、国を壊す」

「それは聞いた。だが、手を伸ばし続け、ここまで来た」

剣を振り上げる。

蛇蝎は身じろぎもせず、閻魔の目を見る。

「予言しよう。お前の未来に待ち受けるものは――破滅だ」

挿絵(By みてみん)

破滅。

星占の瞳が過ぎる。

剣を握る手に力が入る。

「…その予言をしたのは、お前で二人目だ」

踏み込む。

――一閃。

蛇蝎の首が落ちた。

口元に、笑みを残したまま。


地図の光が消える。

部屋が闇に包まれる。

直後、黒い甲冑かっちゅうの兵と弁慶が、なだれ込んだ。

「閻魔――!」

数歩進んで、止まる。

目が見開かれる。

誰も、動かなかった。


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