表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天元戦記  作者: yakiniku1010
第2章
PR
26/29

第2章 第14幕 刃

天元てんげん正規軍。

揃いの黒い甲冑かっちゅうかぶと目庇まびさしは深く、表情は見えない。

個は消え、駒のように動く。

弁慶べんけいが圧倒されたのは、巨鳥が戦場を襲ったあとの敵の動きだった。

両陣営にとって災厄であった、あの一撃。大地が抉れ、横たわる亡骸なきがらとともに、生きた兵も飲み込まれた。

燈都とうと軍が混乱に陥る中、天元軍は一糸乱れず進軍を続けた。

同朋の死にも、自らの身の危険にも、感情の揺らぎすら見えなかった。ただ、命じられた通りに進むだけだった。

怒号で士気を引き戻しつつ、弁慶の背筋は冷えた。

(こいつらは、同じ人間なのか)

初めて天元を訪れたときに目にした、無言の処刑が脳裏をよぎる。町人たちは、目を背けながらも、すぐに何もなかったかのように日常を取り戻した。

(天元にいたら、心のどこかが、死ぬんじゃねぇか)

剣を振るい、敵陣を崩しながら、弁慶は蛇蝎だかつへの怒りを募らせた。

「こいつらに、大事な燈都とうとを渡しはせん!

行くぞ!!」

巨鳥の打撃から立ち直った燈都軍は、弁慶の号令で一斉に前線を押し返し始めた。


双蛾そうがが北へ走る。

星占ほしうらじんの首にしがみつき、前を見据えた。

揺れには慣れた。

だが、恐怖は消えない。

目の前で人がバタバタと死ぬ。

川で死んだ幼馴染みを思い出す。

死なせまいとついて来た、閻魔えんまのことを思う。

その死と、戦場の死は、違うのか。

双蛾は強い。揺れない。戦場で、そんなことを考えない。

私は――

山脈の切れ目。その先が燈都。そこを走り抜ければ、北の戦場だ。

城が見えた。

城――

目の前に、炎が見えた。何もない筈の空間に。

そして、消えた。

今のは――

「双蛾、止まって!」

「…星占…?」

「止めて!」

双蛾が息を飲み、速度を落とす。

後続の禽馬きんばの脚も、止まりかける。が、

「――先に行って!弁慶の指示に従って!」

双蛾の号令で、騎馬隊は脇を駆け抜けた。

――ここが、分かれ道だ。

私は、このために来た。

振り返る。

「連れてって。閻魔さんのところに」

双蛾が頷く。

迅が駆け出した。


閻魔は、盤面を睨み付けた。

足元には、伝令や戦略の書き殴りが何枚も散らばっている。

南は、守り切った。

あとは北。

――退けられる。

禽馬が一頭、卓のそばに寄った。

新たな伝令か。

顔を上げ、止まる。

「星占――」

双蛾の手を借りて下馬すると、星占は閻魔の正面に立った。

「なぜここにいる。城で待てと言った筈だ」

「城が燃えます」

閻魔は絶句した。

星占の目に、息を飲む。

「城にいる人達に、早く避難の指示を」

――本当なのか。

閻魔は固唾かたずを飲み、口を開いた。

「…双蛾」

短く呼びかけると、双蛾は飛ぶように走り出した。


弁慶が、最前列を薙ぎ倒す。すぐに次が出る。

無限に湧いてくる、黒い甲冑。

だが、先ほど駆け付けた騎馬隊が、南の勝報をもたらした。

士気が上がる。

「よぉし!こっちも続くぞぉ!」

弁慶の声に、おお!と皆が応じたとき。

天元軍の遥か後方に、黒い光が走った。


地から天へ。

晴れていた空が、突然沈む。

黒い光は渦を巻き、一本の柱となる。

うねり、形を変え――龍が姿を現した。

挿絵(By みてみん)


「おい…なんだ、あれ」

禽馬を走らせながら、不知火しらぬいが呟いた。

魔獣まじゅう――ではない。

実態が見えない。

「……禁呪きんじゅだ」

隣を走る紅蓮ぐれんが、短く言った。

――禁呪?

不知火は紅蓮を見た。

表情の消えた横顔。

「全て……あれを呼ぶための、時間稼ぎだったのか…」

見開かれたその目に、龍が動き出すのが映る。


立ち尽くす閻魔の元へ、補給隊のほむらが駆け寄った。銀狐ぎんこ黒鉄くろがねも続く。

「オッサン、あれ…」

黒い龍が、空を滑る。

頭上を通り抜け、城へ――

ぶつかる――!

避難を誘導し殿しんがりで出て来た双蛾が、愕然として空を見上げた。

次の瞬間、龍の頭が城の頂に叩きつけられた。

爆ぜる。

「双蛾!」

黒煙が上がる。視界が消える。

煙に紛れ、双蛾が見えた。風の壁で火の粉を避けつつ、城を出た人々とともに退いて来る。

城が、火を噴く。

「…消せ!火を消せー!」

焔の声に、弾かれたように数人が走り出した。

「だめ!」

星占が叫ぶ。

「行っちゃだめ。死ぬ」

焔が止まる。

視線が閻魔に集まる。

閻魔は城を見上げた。

龍の体が、砕けた最上階から城の中へと吸い込まれていく。

火の勢いが上がる。

――城は、守り切れん。

閻魔は息を吸い、声を上げた。

「周囲を崩せ!延焼を止める!」

皆、走り出した。


周囲を崩しても勢いは止まず、炎が地を這って広がる。

双蛾が先頭に立ち、人々を街の外へ逃がす。

避難の指揮を執りながら、閻魔の心は乱れた。

――この街を、奪いに来たのではなかったのか。

なぜ壊す。

界門の地さえ手に入れば、それでよいのか。

街も、そこに暮らす人々も、いらぬというのか。

「あれは、禁呪の炎だ――焼き尽くすまで、収まらん」

いつの間にか、紅蓮がそばに来ていた。

「焼き尽くすまで――街を、か」

「何もかも、だ」

人も―――か。

閻魔の胸に、失った故郷の景色が押し寄せた。

焼け跡となった村。握り返すことのない、小さな手。

あのときは、村も、人も、守れなかった。

だが、今は――

傍らにたたずむ星占を見た。

目が合う。

星占が頷いた。

「人だけは、守る。

そのために、街を捨てる」

閻魔ははっきりと告げた。

「閻魔の口から『捨てる』なんて、初めて聞いたな」

振り返ると、不知火がいた。

いつもより、ほんの少し寂し気な笑み。

「…俺は何すりゃいい?」

紅蓮が歩み寄る。

「わしと来い。少しでも食い止める」

「よし」

言うが早いか、二人は駆け出す。

閻魔と星占が残された。

熱風が吹き寄せる。

「わしは、ここで見届ける。そなたは――」

双蛾のもとへ、と言いかけ、その目を見て止まる。

「…ここにいてくれ。

わしの選んだ未来を、見届けてくれ」

「はい」

星占は真っ直ぐに立ち、ともに、燃えゆく街を見据えた。


城が崩れ落ちた。

火の粉が舞い、そこからまた龍が立ち上がる。

空中でうねる。

次の獲物を見つけたのか、向きを変えた。

南方へ逃げ行く人の行列を目がけ、襲いかかる。

「行かせねぇよ!」

不知火が跳び、大剣を真上に薙いだ。

切っ先が鼻面を打ち、龍が退く。

「うおっ、あちぃ!」

地に降り立ちつつ、不知火は体から火の粉を払った。

「禁呪を剣で押し戻すとは、まったくおぬしは想定外だのぅ」

遅れて走り寄った紅蓮が、痛快そうに言う。

錫杖しゃくじょうを地に突き立て、数珠じゅずを取り出す。

「なんとか勢いを削ぐよう、わしも手を尽くす。

皆がなるべく遠くへ行くまで、ここを通すな」

紅蓮は目を閉じ、きょうの詠唱を始めた。


山頂の崖から巨鳥を落とし、雷霆らいていが一息ついたとき。

空が、色を失った。

北方に立ち込める暗雲の中に、黒く光る龍が見えた。

(あれは――)

龍が身をくねらせた。

すぐに山陰に隠れ、見えなくなる。

「雷霆様、まさか……玄統げんとう様か法嶽ほうがく様が、あれを…」

下位の僧たちがざわめく。

(そこまで、ことわりを曲げるか)

怒りが沸く――それを、抑える。

心を鎮める。

数珠を取り出し、雷霆は目を閉じた。

静かに経を唱え始める。

ざわついていた僧たちが、次第に静寂を取り戻す。

一つ、また一つ、経を詠む声が増えていく。


外へ出ようとするたび、不知火が跳ね返す。

龍は怒り狂い、建物を次々に飲み込む。

街が焼け野になる頃、龍が苦しみ出した。

暴れては、地に体を打ち付ける。

蒸気が上がる。

熱と衝撃で、大地がひび割れる。

龍は反転し、山脈の岩壁へ。

衝撃で、砕けた岩が落ちる。

南北の断崖が、連鎖するように、音を立てて崩れ始める。

やがて、地響きとともに山が崩落し、土砂が押し寄せた。

轟音が響き渡る。

地鳴りが戦場を揺らす。

不知火は大剣を振り上げ、崩土の中へ龍を弾き飛ばした。

燃え尽きた街ごと、龍は土石に埋まり、消えた。


音と土煙が止み、静寂が訪れた。

空は、いつの間にか晴れ渡っている。

界門かいもんが、埋まった。

元々そこに山脈の切れ目などなかったかのように、壁がそびえていた。

閻魔は、無言で壁を見つめた。

ぬえに乗った不知火を追いかけ、魔境まきょうの地から望んだ界門。

ここでともに過ごした、活気ある魔境の仲間たち。

何度も崩れながらも完成した、いびつな城。

――何も、なくなった。

足音が近づく。

振り返ると、弁慶だった。

「敵はあっさり帰っちまったぜ。もうここは、いらねぇんだな」

閻魔はまた壁に目を向け、自嘲気味に言った。

「街を炎で失うのは……二度目だな」

「でもよ…今度は人が残ったじゃねぇか」

言葉が出ない。

星占が、静かに言った。

「私には、二つの未来が見えていました。

たくさんの人が死ぬ未来と、生きる未来。

どちらを選んでも、街は燃えました…」

双蛾が迅に乗り、戻って来た。

「街の人はみんな無事だよ。景仁けいじんが、救護部隊を送ってくれた」

閻魔に告げたのち、星占を見る。星占が頷いた。

壁を背に、紅蓮と不知火の姿が見えた。

「人さえ残っていればよ…いくらでも、やり直せる」

弁慶がこぶしを突き出した。

閻魔は自分の手を見つめた。

初めて、捨てることを選んだ。

だがそれは、守るためだ。

――同じではない。

蛇蝎のやり方は、痛いほどわかった。

もう二度と、大事なものを、お前に傷つけさせはしない。

――対決する。

閻魔は拳を握りしめた。

弁慶に向き直り、しっかりと拳を合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ