第2章 第9幕 暁の郷
軍議のため、双蛾と不知火は、少数の仲間を伴い暁の郷を訪れた。
しばらくぶりの郷を、双蛾は見渡す。
刈り入れの終わった田を囲む水路が、日差しを受けて柔らかく輝く。
燈都とは違う、穏やかな活気。
不知火たちが市を見に行くと言うので、双蛾はひとり先に閻魔の館へ向かった。
馴染みの村人とすれ違う。
館の周囲には建物が増えたが、家並みは記憶のままだ。
練兵場が見える。弁慶とよく手合わせをした。新参に稽古をつけたのも懐かしい。
厩舎に立ち寄り、迅を繋いだ。
ふと館を見上げたとき、視界に引っかかるものがあった。視線を戻す。
回廊から、ある筈のない顔が、こちらを見下ろしていた。
(…星占…!?)
全身が固まった。
静かに、手を振って寄越す。
(…どうして?)
硬直した足が、ひとりでに動き出す。速まる。館の門を開け放ち、階段を駆け上がる。
回廊へ出た。
見間違いではなかった。
「双蛾…会いたかった」
星占が微笑んだ。
混乱する。
前に会ったのは、いつだったか。また背が伸びた。髪も伸びて、綺麗になった。少し寂し気な笑顔は、昔のまま――
(…違う…そうじゃなくて)
「どうしてここにいるの?」
歩み寄り、星占の手を取った。
最後に会ったとき、星占は何と言っていた?
――思い出せない。
「…双蛾みたいに、守るために外に出たよ」
揺るがない瞳。
言葉を失う。
そうだった。次に不幸が見えた人に、ついて行くと言っていた――誰に?
「…閻魔さんに、ついて来た」
――思考が止まった。
背後から、聞きなれた声がした。
「おぉ、双蛾。来たか」
振り返る。動きがひどく鈍い。
「紅蓮と弁慶は、先に来ておる。不知火はどうした?」
「…市に…」
双蛾の顔を見ると、閻魔は改まって言った。
「――星占がいたので、驚いたろう。
何やらわしが破滅するのを案じてくれてな、助けてくれるそうだ」
鷹揚な笑顔。
――わかっていない。
双蛾は、小さく首を振った。
閻魔は気づかず、回廊の外を見下ろした。
「不知火が来たようだな。中で待つとするか」
星占に向かい、微笑む。
「部屋へ戻っていなさい」
「はい」
閻魔が立ち去る。
双蛾は、星占の手を握りしめたまま、立ち尽くした。
「――大丈夫だよ、双蛾」
星占の目を見る。
気後れするほど真っ直ぐに、見つめ返される。
「私が変えるから。心配しないで」
何も言えなかった。
そうだ。
辛い道でも、星占が選ぶなら応援しようと、心に誓ったはずだった。
だが、その相手が、閻魔だとは――
「軍議に遅れちゃうよ。ほら、行ってらっしゃい」
星占に背中を押され、双蛾は重い足で館へ入った。
軍議は上の空だった。
無論、内容は頭に入っているし、意見も交わした。
だが、意識は別のところにあった。
閻魔は――わかっていない。
星占が予言を外したことがないことも。
どんな覚悟でついて来たかも。
星占は――どうなる?
変えられなかったと言っていた。今までは。
そのたびに絶望してきた筈だ。
このままついて行って、変えられなかったら―――
そもそも、破滅とは――何だ?
双蛾は閻魔を見た。
地図を広げ、議事を読み上げる。堂々として、よく通る声。
理想を掲げ、手を伸ばすことを諦めない。
燈都を思い出す。
何もなかった界門に、閻魔が作ろうと言った街だ。
燈都ができて、故郷から危険が減った。
恩人だ。
――その閻魔が、破滅する?
軍議が終わった。
双蛾は席を立ち、無意識に机上を片付けた。
胸の内だけが、散らかったままだった。




