第2章 第6幕 界門
界門に、町を作る。
不知火を伴って暁の村へ戻り、弁慶や紅蓮と計を練った。
まずは双蛾と弁慶を先行させ、界門の足場を固める。
捕らえられた不知火の仲間たちもすぐに解放され、合流した。
嶺洲とも手を結んだ。
――準備は、整った。
不知火は、酒の泉の拠点へ、双蛾と弁慶を迎えた。
不知火が女を連れて来たと、男たちは色めき立ち、女たちは露骨に顔をしかめた。だが、双蛾の強さと隙のなさが知れるにつれ、男たちは距離を取り始める。逆に女たちは次第にその凛々しさの虜になり、黄色い声を上げて取り巻くようになった。
弁慶は、最初から大人気だった。魔境の風習や魔獣に目を輝かせ、「すげえな」「やべえな」を連発し、初めて見る怪異も、ためらいなく叩き伏せていく。その様は、魔境の住人から見ても痛快だった。
不知火は、界門の砦の建築に取り掛かった。
もともと泉の拠点も、寄せ集めで作り上げてきたのだ。
拠点と行き来しつつ、櫓はみるみる組み上がる。
怒号が飛び交いながら、周囲にも勝手に建造物が立ち並ぶ。その隙間が、曲がりくねった道となっていく。
「ねぇ、あれ危ないんじゃない?」
増築に増築を重ねた歪な櫓を指差し、双蛾が眉をひそめた矢先、ぐらりと傾き音を立てて崩れたこともあった。
「おいおい、またかよ!」
ゲラゲラと笑いが起きる。
呆れてため息をつく双蛾の横で、不知火は何事もなかったように瓢箪の酒をあおり、
「次はもっと太く組めよ」
と笑った。
だが、建て直すたびに、構えは着実に強くなっていく。
時折景仁が訪れては、書物を挟み、双蛾と夜更けまで築城を論じあった。
弁慶が暁の村から大工を呼んでからは、さらに進みが速まった。水路を引いたあの頃からの、顔なじみの大工だ。閻魔や弁慶のやり方を、何年にも渡り間近で見て来ただけあって、逞しい。猥雑な住人たちや、時折現れる魔獣に、初めこそたじろいだものの、すぐに馴染んでいった。
無論、界門に町が出来ていくことに、反発する勢力も多い。
夜毎の奇襲。砦の一部が焼かれたことも、一度ではない。そのたびに不知火は敵を叩きのめし、ここは自分の縄張りだと実力で知らしめた。
それが、魔境のやり方だ。
町を素通りし、人界へ流れようとする者もいる。
無害なものは通すが、野盗は見逃さない。
不知火は気付く。双蛾の嗅覚が、自分と同じだということに。
「あいつらはヤバい」と感じた瞬間、双蛾が動く。迅雷のように迫り、容赦なく断つ。そういうときの双蛾には、誰も寄せ付けない凄みがあった。
―――そして二年。
ついに、城と呼べる砦が完成した。
数カ月ぶりに訪れた閻魔を囲み、盛大な酒宴が催された。
差し入れられた酒と山盛りの食事が、城の前の広場に並ぶ。仲間たちは舌鼓を打ち、
「人界もいいな」
と盛り上がる。
弁慶は数人を引き連れて躍り、大騒ぎしていた。
「ときに閻魔殿、昨今の天元界隈はいかに?」
景仁が尋ねる。
「うむ…表向きは、大人しいものだ。近頃は、南方への進出も中断しているようだな。だが――」
紅蓮の探った情報によると、軍事力の増強が急速に進められていた。厳しい徴兵が行われ、年貢は増える。街の賑やかさは変わらないが、その底に沈む恐怖は、以前にも増しているという。
「軍事増強――それは、やはり…」
「…こちらを警戒してのことであろうな」
界門がこれだけ様変わりしていることは、天元も当然把握している筈だ。有象無象のひとつであった暁は、今や天元から明確に敵視されていた。
聞きながら、不知火と双蛾はチラリと目を見合わせる。この場所にも、人界側から危険が迫る可能性があるということだ。
そのとき、火の周りで踊っていた弁慶が戻り、双蛾の隣にドカリと座った。
「おい双蛾ぁ!せっかくの閻魔の酒が、進んでねぇぞ!」
酒臭い弁慶に、顔をしかめる双蛾。
「だめだめ。双蛾は下戸だから、いつも飲まないよ」
焔が掌を振る。
「あんな強いのに酒に弱いの、ウケるよな」
銀狐がからかうと、笑いが起きた。ムッとした顔で、盃を見つめる双蛾。
「今日くらい、飲んだらいいじゃねぇか。あの城を見ろ!」
弁慶が卓をドンと叩く。
「…無理すんなよ」
不知火が軽く笑う。
双蛾は少し迷い、意を決したように、一息に飲み干した。
おぉっ、と歓声が起きた。
「やればできるじゃねぇかあ!」
弁慶は豪快に笑うと、そのまま卓に突っ伏して、いびきをかき始めた。また座が沸く。
飲めや歌えの騒ぎが続き、気付けば双蛾が、弁慶に寄りかかって寝ていた。いつもは見せない、無防備な顔。
「あの量で寝ちゃうのか」
「かわいいなぁ」
周りが好き勝手に盛り上がる。
不知火は立ち上がった。
「しょうがねぇなあ、運んでやるか」
軽々と双蛾を背負い、歩き出す。
「おい不知火、手ぇ出すなよ」
野次が飛ぶ。
「しねぇよ、後で殺されるし」
不知火の軽口に、一同が笑う。
――そのとき。
背中の双蛾が、不知火にぎゅっとしがみついた。
逃がすまいと、縋るように。
「……はやて…」
――ん?
耳元で聞こえた言葉は、周囲の喧騒に消えた。
――寝言か?
腕の力はもう抜けている。腑に落ちないまま、不知火は双蛾を背負い直し、寝所へ向かった。なぜか、引っかかった。
簡素な寝具に横たえ、毛布をかけてやる。
しばらく寝顔を見ていたが、もうその口が何かを言うことはなかった。
不知火はふっと軽くため息をつくと、双蛾の頭を撫でて、部屋を出た。
酒宴に戻る道中、少し離れた高台で、閻魔が一人、城を見ていた。
「いいのかよ、主役が抜けて来て」
歩み寄る。
「主役は、そなただろう」
閻魔は微笑み、城へ視線を戻した。
「俺は別に、何もしてねぇよ」
並んで立ち、城を眺める。
宴の賑わいが、乾いた風に乗り、届く。
「――そなたに初めて会った夜、あの荒野でな」
呟くように閻魔が言った。
「わしには、この灯りが見えた気がしたのだ」
山脈の裂け目の暗がりを、じっと見ていた閻魔の姿を、不知火は思い出した。
「…ほんとに作れるとは、思わなかったな」
「わしは、思っておった」
閻魔が頷く。
「そうだぞ!俺たちならやれると思っとった!」
突然野太い声が響き、ドカドカと弁慶が近づいて来た。
「…寝てたんじゃねぇの?」
不知火が口の端で笑う。
「寝てる間に閃いたんだ。この街の名前だ。その名も、界門大繁盛エンベー街!」
どうだ、とばかりの仁王立ち。
不知火が吹き出した。
「センスのかけらもねぇな」
「なにっ…」
意外そうな表情の弁慶。
閻魔は笑い、目を細めて、再度城を見た。
「――灯りだ」
閻魔の目に、あの日暗闇で見えた町の灯が重なる。
「眠らない、灯りの都――燈都」
二人を振り返る。
不知火が頬を緩めた。
「…いいんじゃね?」
弁慶も頷く。
「うむ、いいな。――界門大繁盛より、わずかに勝るな!」
星のない夜空の下、大口を開けて笑う弁慶の顔も、町の灯りにきらめいて見えた。




