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天元戦記  作者: yakiniku1010
第2章
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第2章 第5幕 魔境

ぬえの背に乗ったまま、不知火しらぬいは赤土の大地を駆けた。

散々暴れていた鵺も、いつの間にか従順になっている。

振り落とそうとするより、このほうが楽だと悟ったか。

悪くない。

かなり揺れるが――乗り物としては上等だ。

食えるかどうかはさておき、飼うのもありかもしれない。

(……二人、来てるな)

振り返らず、意識を向ける。

一人は、さっきの女だ。

隙がない。闘気が澄んでいる。――それに、結構顔もよかった。

もう一人は。

気配を探る。

……景仁けいじんの隣にいたやつか。

ほむらたちを捕まえていたな。俺も捕まえに来たのか。鶏は盗ってねぇんだが。

――めんどくせぇな。

減速。

早く帰って飲みたいが、拠点まで来られたら面倒だ。

追い返すか。


走りながら、閻魔えんま土煙つちけむりのにおいを吸った。

乾いているのに、重い。淀んだものが混じる、独特のにおいだ。

辺りはどんどん暗くなる。

――見失いたくない。

会って、何を話すかは、決めていない。思いつかなかった。

ことわりに従って進んできた閻魔にとって、自分でも説明しがたい思いだった。

「…気をつけて」

ふいに後ろから双蛾そうがの声がした。

直後、暗がりの中に影が浮かぶ。

何か言おうと、口を開きかけた。

その瞬間――双蛾が真横に躍り出た。

ガキィン!

耳のすぐそばで、刃物のぶつかる音。

禽馬きんばがいななき、立ち止まった。

「…ウマを狙ったんだが、失敗か」

声がした。笑いの混じる声。鵺のうなり声も低く聞こえる。

声との間に、双蛾が静かに立ちはだかった。

目が慣れてきた。

牙をく鵺。背に乗る不知火が、大剣をじんに向ける。

「そっちのほうが、いいウマだな」

双蛾が慎重に間合いを探っているのがわかる。自分は少し下がるべきか。いや、それよりも、何か言うべきか。

突然風が動き、二発目の金属音がとどろいた。

続いて三発目。火花が散った。

双蛾が弾き飛ばされつつ、素早く体制を立て直すのが見えた。単純な膂力りょりょくでは敵わぬのだ。

「待て!戦いに来たのではない――話をしに来た!」

踏み出した瞬間、青い炎が蹴爪けづめの前で弾けた。禽馬きんばがまたおびえていななく。

「危ねぇから下がっとけよ」

炎まで操るのか。

双蛾が身をひるがえし、向かって行く。

四度目の衝突が起きる――と思いきや、双蛾は身を低くして走り抜け、通り過ぎざまに槍を振り上げた。

何かがこちらへ飛んで来た。

反射的に受け止め、それを見て、ギョッとした。

蛇の頭だった。思わず投げ捨てる。

尾を落とされた鵺が、狂乱して暴れる。不知火の笑い声が響く。

「おいおい、乱暴だなぁ」

「…そっちだって、ウマを狙ったでしょ」

切れた尾から吹き出す血が、こちらまで飛んで来る。

「話をしたいだけなんだけど」

再度間合いをはかりながら、双蛾が言うのが聞こえた。

「…あのオッサンと?」

こちらを指さす。

双蛾が頷くと、暴れる鵺の背にまたがったまま、不知火は初めてしっかりとこちらを見た。

――値踏みか。

「…しょうがねぇな」

口の端が上がる。

「美人の頼みじゃあな」

ふっと空気が軽くなる。

「じゃあその前に、こいつを抑えるのを手伝ってくれよ」

不知火が、手綱を差し出す。

双蛾が微笑み、迅を寄せた。


二人でどうやって組み伏せたのか、よく見えなかった。いや、見えてはいたが、理解できなかった。

だが、とにかく鵺は白目をき、横たわっている。

その肩に胡座あぐらをかき、不知火が座っている。

双蛾は少し離れて立つ。

閻魔は禽馬を下り、歩み寄った。

なぜか心が浮き立っている。

何を話すか、まとまっていない。

だが――この男が、欲しい。

不知火の力があれば、何かが形になるような気がするのだ。

まずは礼を尽くす。地に膝をつき、頭を下げた。

あかつきの村領主、閻魔と申す」

すると、不知火は急にまじめな顔になり、深く一礼。

魔境まきょうの住人、不知火と申す」

互いに頭を下げたまま、沈黙。

一瞬ののち、不知火の笑いが弾けた。

「…って、俺が言ったらイヤだろ?楽にいこうぜ」

双蛾が笑いを嚙み殺しているのが見えた。

――懐に入るのがうまい。

「…酒でも持って来ればよかったな」

閻魔も微笑み、姿勢を崩した。


今の人界じんかいの状況を、ざっと話して聞かせる。

驚いたことに、不知火はほぼ把握していた。

「…それで?なんでこんな辺鄙へんぴなとこまでやって来たんだ?」

不知火も閻魔も、くつろいだ格好で語り合う。

「うむ…わしは魔獣まじゅうも魔境も知らん。知らねば守れぬものもある。だから見に来た」

「見に来た?…それだけ?」

「そうだ」

閻魔が頷くと、不知火は笑った。閻魔も相好を崩す。

「…だが、無駄ではなかった。界門かいもんのことも知れたし、そなたにも会えたしな」

少し興味がわいたように、不知火が改めて閻魔を見る。

「界門の何がわかったって?」

「――あの門が開いたままでは、人界は気が休まらぬ、とわかった」

不知火が腕組みし、ウンウンとうなずく。

「まあ、そうだろうな。だがなあ、門と言っても扉があるわけじゃねぇから、閉めることもできねぇし」

「そうだろうか」

「…うん?」

不知火が動きを止める。不可解なものを見るような目で、閻魔を見た。

「…扉なんて、ねぇよ?」

閻魔は、しっかりと不知火を見つめた。

「作ればよいのではないか。――界門に、町を」

界門に、町を作る。

魔境の闇が、素通りできぬように。

途方もない考えだ。

だが――この男と話しているうちに、形になった。

できる。そう思えた。

双蛾が、息を呑んでこちらを見ている。故郷のことを考えているのかもしれない。

「…考えたこともなかったな」

珍しいものでも見るような目で、不知火が言う。

「そんなこと、できるのか?」

「できる。――そなたとならば」

閻魔は頷いた。

不知火は、星のない空を見上げた。

深く、息を吸う。

そして、視線を戻した。口元に、笑みが浮かんでいる。

「…おもしれぇかもな」

不知火は、赤土の地面に飛び降りた。

ひとつ伸びをし、鵺を見下ろす。

「こいつに乗って人界には行けねぇよな?」

「…まあ、そうだな」

「食ってもまずそうだし、逃がしてやるか。せっかく懐いたけど」

頭の辺りを蹴って起こす。

「…懐いてはいないと思うけど」

双蛾が苦笑する。

鵺が急に目を覚まし、飛びのいた。身構え、牙を剥く。が、不知火と双蛾を目にすると、じりじりと後ずさりし、千切れた尻尾しっぽを巻いて逃げて行った。

「まあ、だいぶ痛い目にあったから、もう界門の向こうには行かねぇだろ」

大剣を肩にかつぎ、界門の方角を見る不知火。

閻魔もそれに倣った。

衡嶺こうれい山脈の切れ目、界門。

暗闇の向こうに、まだ見えぬ街の灯りが、揺らいだ気がした。

挿絵(By みてみん)


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