第2章 第3幕 予言
みんなが私を、おかしな子だと言う。
見えたものを伝えているだけなのに。
双蛾がいなくなって、一人の時間が増えた。
久しぶりに帰って来た双蛾が、オババの家へ向かうのを見て、嬉しくて駆けて行った。
その途中、急に空が重くなって、足が止まる。
血。叫び。――死。
目の前をよぎる。
気配のした方を振り返ると、領主さんがいた。
双蛾を村から連れ出した人だ。
道端の柵にもたれて、畑を眺めている。
「…やめたほうがいいよ」
思わず声が出た。
領主さんが、ようやく私を見る。
「…やろうとしてること、うまくいかないよ。
悲しんで、苦しんで…死んじゃうよ」
一瞬きょとんとして、それからしゃがみ込む。
「わしのやろうとしていることが、わかるのか?」
にこやかな瞳。
もう一度目を凝らすが、何も見えない。
領主さんは私の頭を撫で、立ち上がった。
「よし、わかった。気をつけよう」
手を振って去っていく。
――また、うまく伝えられなかった。
それから二年。
双蛾は、久し振りに村を訪れていた。
結界を施すためだ。
一般的に、結界の力は、術者との距離が離れるほど弱まる。だが双蛾は、紅蓮と試行錯誤を重ね、離れても持続する結界を編み出した。
これで、場所を知る者以外は、村を見落としやすくなる筈だ。
天元の脅威が強まる中、双蛾はようやく息をついた。
常駐する兵に、結界の扱い方を説明した。話が済むと、一人の兵士が照れくさそうに言った。この村で所帯を持ち、もうすぐ子が生まれるのだと。
胸の奥が温かくなる。
この穏やかな時間が続いてほしい。誰にも、この平和を壊させたくない。
ふと土手のほうへ目をやった。
星占がぽつんと座っているのが見えた。
双蛾は近づき、後ろから目を塞ぐ。
「だーれだ」
くすりと笑う。
「双蛾、もう私そんなに子供じゃないよ」
双蛾は微笑み、隣に腰を下ろした。
しばらく会わないうちに、ずいぶん大人びた。
――それに、元気がない。
もともと、どこか孤独だった。友と呼べる者も、いなかったのではないか。
自分が去ったあと、星占はどう過ごしてきたのだろう。胸がチクリと痛んだ。
二人で川を見つめる。せせらぎが響く。
「…双蛾はいいな」
ふいに、星占がつぶやいた。
「強くて…みんなを守れて」
言葉を返せなかった。
「……あの川で、勘二が死んだの、知ってる?」
どきりとした。
話は聞いている。
日に焼けた、いたずらっ子の顔が浮かぶ。剣を教えてくれと、せがまれたこともあった。
元気がないのは、そのせいか。
「……私、死ぬこと、わかってた」
「え…?」
星占を見る。
視線は川を向いたままだ。
「私ね…ときどき、未来が見えるの」
双蛾は黙って聞いた。
「男の子達が、みんなで泳ぎに行こうって集まってた。
私、勘二が死ぬのが見えて――やめなよって…死んじゃうよって言おうとした」
言葉を区切る。
「でも、またおかしなこと言ってるって笑われて、結局みんな川に行くのが見えた。
それで、やっぱり勘二が溺れるのが見えて……」
一度、息を飲む。
「それだけじゃない。
勘二のお母さんが、あんたが変なこと言ったせいだって、泣きながら私に怒鳴ってるのも見えた」
双蛾は言葉を失った。
「だから私……何も言わなかった」
静かに続ける。
「あとで、お母さんが泣いてるのを見たとき……私、申し訳なくて…」
星占がこちらを向く。
その目に涙が溜まっていた。
「よく考えたら、もっと方法があったかもしれない。
私が大騒ぎして、みんなを止めれば、川へなんか行かなかったかもしれない」
涙が一筋、頬を伝う。
「……こういうことばっかりなんだよ。未来が見えたって、いいことなんかない…」
双蛾は、胸を激しく揺さぶられた。
星占の瞳が遠くを見るとき、何が起きているのか――
初めて知った。
双蛾はそっと肩を抱き、強く引き寄せた。
日が傾くまで、肩を寄せ合ってそこにいた。
川面が夕日にきらめく。
星占はもう泣いてはおらず、力なく双蛾に寄りかかっていた。
「…ちょっとした未来は、変えられたこともあるんだよ。お茶碗が割れるのとか、洗濯物が雨に濡れるのとか」
小さく呟く。
「でも、人が死ぬようなことは、私には…」
星占が、静かに体を離す。
目は、また川をまっすぐに見ていた。
「私も、双蛾みたいに誰かを守りたい」
ゆっくりと顔を向ける。
さっきの、壊れそうな瞳ではなかった。
「――次に誰かの不幸が見えたら、私、その人について行く。
何ができるかわからないけど……やってみる。未来が変わるように」
双蛾は黙って見つめ返す。
孤独な少女。姉のように慕ってくれる、優しい子。
(…星占……)
――それは、つらい道ではないのか。
これまで、何を抱えてきたのか。
彼女を残し村を出た自分が、悔やまれる。
(…私みたいに強くだなんて)
星占のほうが、自分よりもずっと強い。
彼女が選ぶ道ならば、信じて応援するだけだ。
双蛾は唇を噛み、もう一度星占を抱きしめた。




