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悪役令嬢は、断罪の夜に微笑む  作者: あめとおと


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9/10

第9話:断罪される者



 再び、舞踏会の日がやって来た。


 一ヶ月前。


 婚約破棄と断罪劇が起きた、王宮大広間。


 あの日と同じ豪奢なシャンデリア。

 磨き上げられた大理石。

 着飾った貴族たち。


 けれど。


 空気はまるで違っていた。


 誰も笑っていない。


 誰も浮かれていない。


 広間を満たしているのは、緊張と重苦しい沈黙だった。


 なぜなら今夜は、“祝い”の舞踏会ではない。


 王家による正式な裁定が下される夜だからだ。



「リリアーナ様、本当にお綺麗です……」


 控室で侍女マリアがうっとりと呟く。


 今夜のリリアーナは、深い藍色のドレスを纏っていた。


 夜空を閉じ込めたような色。


 余計な装飾は少ない。


 だが、その洗練された美しさが彼女自身を際立たせていた。


 婚約破棄以前なら、彼女はもっと“王太子妃らしい”装いを選んでいただろう。


 完璧で。


 華やかで。


 誰から見ても非の打ち所がない姿。


 けれど今は違う。


 肩の力が抜けている。


 自然体だった。


 その変化が、以前よりさらに彼女を美しく見せていた。


「ありがとう」


 リリアーナは微笑む。


 その表情は穏やかだった。


 不思議なくらい。


 今日という日を前にしても、心は静かだった。


 以前の自分なら、きっと怯えていた。


 責任を背負い。


 失敗を恐れ。


 周囲の視線に神経を張り詰めていただろう。


 でも今は違う。


「……大丈夫か」


 低い声。


 振り返れば、レオンハルトが立っていた。


 黒の正装。


 軍服ではないにもかかわらず、彼から漂う威圧感は消えない。


 だが、その金の瞳だけは柔らかかった。


「ええ」


 リリアーナは静かに頷く。


「もう、覚悟はできていますわ」


 レオンハルトはしばらく彼女を見つめた。


 そして何も言わず、そっと片手を差し出す。


 リリアーナは一瞬だけ目を瞬く。


 けれどすぐに、小さく笑った。


「エスコートしてくださるの?」


「ああ」


「光栄ですわ」


 その手を取る。


 大きくて、温かい手。


 以前の彼女なら遠慮したかもしれない。


 だが今は、その温もりが心強かった。



 広間へ入った瞬間。


 ざわり、と空気が揺れた。


「第二王子殿下だ……」

「隣は……」

「リリアーナ嬢……!」


 視線が集まる。


 だが今、その視線に嘲笑はない。


 あるのは敬意と畏怖だった。


 婚約破棄騒動。


 その後の王宮混乱。


 誰もが理解してしまったのだ。


 この国を支えていたのが誰だったのかを。


 そして。


 その隣へ立つ第二王子が、どれほど本気なのかも。


 レオンハルトは周囲を一瞥する。


 たったそれだけで、ざわめきが静まった。


 相変わらず圧が強い。


 リリアーナは少しだけ苦笑する。


 その時だった。


「国王陛下、御入場――!」


 声が響く。


 全員が跪いた。


 重い空気。


 ゆっくりと、国王が玉座へ座る。


 その表情は険しかった。


 隣には王妃。


 そして少し離れた場所に――アルベルトがいた。


 リリアーナは息を呑む。


 一ヶ月前とは別人だった。


 やつれている。


 目の下には濃い隈。


 髪も乱れ、以前の自信に満ちた姿はどこにもない。


 周囲の貴族たちも、もう彼へ視線を合わせようとしなかった。


 王太子として見ていないのだ。



「本日、この場を設けた理由は理解しているな」


 国王の低い声が響く。


 誰も答えない。


 静寂。


 その中で、アルベルトだけが青ざめた顔をしていた。


「第一王子アルベルト」


 名を呼ばれ、彼がびくりと震える。


「前へ出よ」


 重い足取りで進み出る。


 その姿に、以前の威厳はなかった。


 国王は冷たい目で息子を見下ろした。


「お前には失望した」


 広間の空気が凍る。


「虚偽の証言を鵜呑みにし、公爵令嬢リリアーナ・エヴァンジェリンを公衆の面前で断罪」


「ち、父上……」


「さらに、その後の政務混乱」


 国王の声が低くなる。


「外交問題。財政悪化。領地運営の停滞」


 一つ一つが重かった。


「お前は、自らの無能を証明した」


 アルベルトの顔色が真っ白になる。


「違っ……私は……!」


「黙れ」


 その一言で、広間が震えた。


 国王がここまで怒気を露わにするのは珍しい。


 アルベルトは完全に怯えていた。


「お前は“支えられていた”だけだ」


 静かな断罪。


「それを理解せず、国を支えるべき人材を切り捨てた」


 アルベルトの視線が、ゆっくりリリアーナへ向く。


 そこで初めて。


 彼は彼女を見た。


 本当の意味で。


 いつも隣にいた存在。


 当たり前のように支えてくれていた婚約者。


 自分の失敗を黙って補い続けていた女性。


 なのに。


 自分は一度も、彼女を理解しようとしなかった。


「……リリアーナ」


 かすれた声。


 だが彼女は何も言わない。


 ただ静かに彼を見つめていた。


 責めるでもなく。


 見下すでもなく。


 怒りすらない。


 その静けさが、逆に残酷だった。


 もう。


 彼女の中で終わっているのだとわかるから。



 国王が告げる。


「第一王子アルベルト」


 重い声が響く。


「王位継承権を剥奪する」


 その瞬間。


 広間がどよめいた。


 王位継承権剥奪。


 それは実質的な失脚だ。


 アルベルトの膝から力が抜ける。


「……ぁ」


 崩れ落ちる。


 誰も助けない。


 貴族たちは冷めた目で見ていた。


 かつて彼へ媚びていた者たちですら。


 もう価値がないと理解しているから。


「王族としての責務を果たせぬ者に、王位継承資格はない」


 国王の宣告は絶対だった。


 アルベルトは震えていた。


 ようやく理解したのだ。


 自分が失ったものを。


 信頼。


 立場。


 未来。


 そして。


 リリアーナを。



 その先で。


 リリアーナは静かに彼を見ていた。


 不思議と怒りはなかった。


 恨みも。


 憎しみも。


 もう残っていない。


 あるのは、ただ静かな終わりだけ。


 かつて愛そうと努力した人。


 支えようと頑張った人。


 でも結局、最後まで分かり合えなかった人。


 それだけだ。


 レオンハルトが隣で、そっと彼女の手に触れる。


 大丈夫か、と確かめるみたいに。


 リリアーナは小さく目を細めた。


 そして。


 ゆっくり前を向く。


 もう振り返らない。


 自分は前へ進けるのだと、ようやく思えたから。





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