↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は、断罪の夜に微笑む  作者: あめとおと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/10

第6話:失墜する王子




 第一王子アルベルトは、焦っていた。


 いや。


 正確には――追い詰められていた。


⸻


「……なんだ、これは」


 王太子執務室。


 朝一番に入室したアルベルトは、机の上を見て絶句した。


 書類。


 書類。


 書類。


 山のように積み上がっている。


 予算案。

 外交文書。

 地方領主からの陳情書。

 騎士団補給申請。

 税制改定の確認書類。


 今まで見たこともない量だった。


「なぜこんなにある!?」


 怒鳴る声に、控えていた官僚たちが顔を引き攣らせる。


「……以前から、この量はございました」


「馬鹿な!」


「リリアーナ様が整理されていただけです」


 その瞬間。


 空気が凍った。


 アルベルトの眉がぴくりと動く。


「……どういう意味だ」


 官僚は一瞬ためらった。


 だが、もう隠しきれない。


「リリアーナ様は、殿下が確認しやすいよう案件を分類し、優先順位を整理し、必要事項を事前にまとめてくださっていました」


「……」


「重要箇所には付箋まで」


「……」


「殿下は、最後の承認だけをなさっていたのです」


 沈黙。


 アルベルトは何も言えなかった。


 いや。


 言えなかったというより。


 理解が追いつかなかった。


 そんなこと、考えたこともなかったから。


⸻


 これまでは、全てが“自然”だった。


 書類はわかりやすく整理されていた。


 外交問題は気づけば片付いていた。


 地方貴族との関係も良好だった。


 だからアルベルトは、それが当然だと思っていた。


 自分が優秀だからだと。


 王太子である自分を、皆が支えるのは当たり前だと。


 けれど。


 違った。


 全部。


 全部。


 リリアーナが整えていたのだ。


⸻


「殿下! 西部領から抗議文です!」


「は?」


「先日の税率変更案について、“事前説明がない”と……!」


「そんなもの、適当に返しておけ!」


「適当に返した結果がこちらです!」


 ばん、と机へ叩きつけられる書類。


 そこには大量の訂正文と抗議文。


 さらに。


「東方連合から外交会談延期の要請が!」


「なぜだ!」


「送付した文書の格式が、相手国への侮辱に当たるそうです!」


「……は?」


 アルベルトは固まった。


 格式?


 敬称?


 そんな細かいことまで気にしていたのか?


 だが官僚たちは疲弊した顔で言う。


「以前はリリアーナ様が、すべて確認してくださっていました」


 まただ。


 また、リリアーナ。


 何を聞いても、彼女の名前が出てくる。


 アルベルトは苛立った。


「お前たちは無能か!? 一人いなくなった程度で何を騒いでいる!」


 怒号が響く。


 しかし。


 官僚たちはもう耐えきれなかった。


「一人ではありません!」


 若い官僚が声を荒げる。


「リリアーナ様は、十人分以上働いておられました!」


 静まり返る執務室。


 アルベルトが目を見開く。


 その官僚は、はっとして青ざめた。


 本来なら王族へこんな口を利いていいはずがない。


 だが。


 もう皆、限界だった。


「……失礼、いたしました」


 深く頭を下げる。


 けれど、その場にいる誰も彼を責めなかった。


 なぜなら。


 全員、同じことを思っていたからだ。


⸻


 数日後。


 王宮内で、さらに問題が起きる。


「北部との交易が停止しました!」


「なに!?」


 アルベルトが立ち上がる。


 北部交易は王国の重要な収入源だ。


 止まれば経済に大打撃が出る。


「理由は!」


「北部領主が、“リリアーナ嬢以外とは交渉しない”と……」


 空気が凍った。


「……ふざけるな」


 アルベルトの顔が引き攣る。


「私は王太子だぞ!?」


「ですが先方は、“殿下の署名した契約書は信用できない”と……」


 どくん、と心臓が嫌な音を立てた。


 信用できない。


 その言葉が妙に重く響く。


「なぜだ……」


 ぽつりと零れる。


 すると年配の官僚が、苦しそうに口を開いた。


「以前、契約内容の誤認がございました」


「……」


「本来なら莫大な損失になる案件でしたが、リリアーナ様が事前に修正してくださったのです」


「…………」


「殿下は、ご存知ありませんでしたか」


 知らなかった。


 本当に。


 何も。


⸻


 夜。


 アルベルトは一人、執務室に残っていた。


 薄暗い部屋。


 積み上がる書類。


 静寂。


 疲労で頭が痛い。


 机には冷めきった紅茶。


 その時、不意に気づく。


 ――いつもは、温かかった。


 リリアーナがいた頃は。


 気づけば新しい紅茶が用意され。


 必要な資料が整理され。


 次の予定まで頭に入っていた。


『殿下、本日の会談資料です』


『殿下、お疲れでしょう。少し休憩を』


『こちら、先に確認しておきました』


 脳裏に浮かぶのは、いつも冷静な婚約者の姿。


 完璧で。


 厳しくて。


 口うるさくて。


 でも。


 いつも、自分の隣にいた。


「……」


 アルベルトはゆっくり顔を覆った。


 胸の奥がざわつく。


 違和感。


 焦燥。


 そして。


 得体の知れない空虚感。


⸻


 翌日。


 宰相が執務室へ呼ばれた。


「リリアーナを戻せ!」


 アルベルトは怒鳴った。


「今すぐだ!」


 宰相は静かに彼を見る。


 その目にあるのは、失望だった。


「殿下」


「婚約を戻せばいい! あいつも王妃になりたかったはずだ!」


 宰相は深く息を吐く。


 そして。


 冷たく言った。


「“戻ってきていただく”側でしょう」


 アルベルトが凍りつく。


「……何?」


「リリアーナ様は、殿下に仕えるための道具ではありません」


 淡々とした声。


「これまで殿下を支えてくださっていたのは、義務感と誠意によるものです」


「私は王太子だぞ!」


「だからこそ問題なのです」


 宰相の目が鋭くなる。


「殿下は、“支えられて当然”と思っておられた」


「っ……」


「誰が、どれだけ、何を背負っていたのかを見ようともしなかった」


 一言一言が突き刺さる。


 アルベルトは反論できない。


 できるはずがなかった。


 全部、事実だったから。


⸻


「……違う」


 かすれた声が漏れる。


「私は……」


 愛されていたのだと思っていた。


 王太子だから。


 婚約者だから。


 当然、自分を支えてくれるのだと。


 でも違った。


 リリアーナは。


 ただ“義務”で動いていたわけではない。


 彼女なりに誠実に、自分を支えようとしてくれていたのだ。


 それを。


 自分は。


 当たり前だと思っていた。


「……私は……」


 そこでようやく。


 アルベルトは理解する。


 自分は愛されていたのではない。


 支えられていたのだと。


 そして。


 その支えを、自分の手で壊したのだと。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。