07話
自宅のドアを開けると、白のスニーカーがあった。
「ただいま」
部屋に入ると、麻衣が台所に立っていた。
「おかえり。早かったのね」
「ああ」
テーブルの足元にカバンを置いて、キッチンに目を向ける。
角川麻衣。
葛原先輩と同じ研究室になったのが縁で、付き合い始めた。
年上だが、病気で一年留年している。
病名は聞いてない。聞く必要もなかった。
「ちょっと待ってて。今、野菜炒め作ってるから。夏彦さん、カップラーメンばっかりでしょ?」
ゴミ箱をちらっと見ると、三日分のカップが溜まっていた。
今朝のゴミ出しを忘れていた。
「ありがとう」
「先に、風呂入ってくる?」
「いや。あとでいい」
部屋で着替えを済ませ、テーブルの上のリモコンを手に取る。
昨夜の出来事がフラッシュバックする。
今、あの映像が映ると……。
リモコンから手を離した。
椅子を引き、スマホをいじる。
「ねえ。今日さ、おかしかったのよ」
彼女はおしゃべり好きだ。
最初は上の空で聞いていても、いつしか彼女の話に聞き入ってしまう。
小学校の先生なだけあって、話は上手い。
「へー。子供って感性の塊だな」
「そうなのよ。私、ビックリして」
話しながらも手は動いている。
野菜と肉の香ばしい匂いが、漂ってきた。
「沢山作っておいたから、明日にでも食べて。タッパに入れとくから」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
彼女が用意してくれた、野菜炒めを二人で食べた。
料理は得意らしくて、時短料理から本格的なものまで多彩だった。
彼女が喋り、僕が頷く。
そのときも、テレビの話はしなかった。
ときどき目が向くが、極力意識しないよう努めた。
「じゃ、帰るね」
洗い物をしている僕の横で、彼女が言う。
「送っていくよ」
「うん」
小学校の先生だからじゃない。
彼女は少し古風なところがあり、結婚するまで同棲はしたくないらしい。
理由は聞いてない。
今どきの交際とは真逆だが、彼女の意思は尊重する。
結局、家でテレビの話はしなかった。
余計な心配をかけたくなかったし、説明するのに骨が折れる。
「どうしたの、考え事?」
「ううん。何でもない」
「うそだー。今日、変だよ」
彼女は勘が鋭い。
そのとき、パーカーを頭から被った男とすれ違う。
彼女の方を、一瞬チラッと見たような気がして、
「最近、物騒だから遅くなる時は気をつけろよ」
「うん、わかった」
彼女は、頷いて僕の顔をじっと見る。
話は続いているらしい。
「ええっと、麻衣が怖いものってなに?」
「怖いもの?」
「う、うん」
彼女は暫く考えると、
「そうだね。誰も居ない道端に」
「道端に、」
「落ちている、紫色の風船かな」
「……こわい……か」
独特の感性も持っている。
彼女を送った後、自宅のリビングに入ると、テレビと目が合う。
今日、持って帰ってきた乾電池が二本。
僕の手に、握られている。
リモコンを裏返し、乾電池を入れ替える。
混ざらないように、元の乾電池はテーブルの隅に置いた。
押せば、点く。
呼吸が早くなり、手に汗が滲む。
テレビの電源を入れるだけ。
簡単で単純な動作。
それなのに、勇気を振り絞らないといけないとは。
力が入り、ぎこちなく動く指先で、電源ボタンを押す。
画面は、自分の顔を反射したままで、点かなかった。
何も起きなかった安心感と物足りなさで、ため息がでる。
「ふーぅ」
乾電池を抜くと、テーブルの上に落とした。
音を立てて跳ねた。
考えるまでもない。
使い終わったから捨てるのであって、使えるものは捨てない。
残量がなくて当然だ。
いつもは、チェックしてから持って帰っていた。
今日、そんな余裕はない。
ベルトコンベアで流れくるものを、無造作に手に取った。
それだけでも、心臓が跳ねるほど震えた。
二本目。
入れ替えたリモコンの電源を押す。
さっきより、気が楽だった。
「どうせこれも」
すっと部屋が明るくなる。
画面に映った映像を見て、息が止まりそうになった。




