06話
駅を降りると、大通りが正面に抜けている。
真っ直ぐに伸びた道。
その向こうに、母校の校舎が見えた。
道を挟むように春は桜が咲き乱れ、心も晴れる。
それはもう少し先の話だ。
今は、吹く風が木々を揺らしている。
下を向き歩く。
すれ違う大学生たちも、心なしか淋しげだった。
正門を抜け、研究棟を目指す。
通い慣れた道を、無意識に歩くと、窓の少ない建物に行きあたる。
二階に上がり、来客用のスリッパを履いて、ドアを開けた。
薬品の臭い。
服に染みつきそうな空気に包まれて、奥の部屋のドアをノックした。
「はい、どうぞ」
懐かしい声。
「失礼します」
少し改まった声で、部屋に入った。
すぐに書類と本の山が目につく。
パーテーションで区切られた奥に人影が動く。
テレビがないことに少しほっとする。
「どちらさま?」
「あ、すみません。桐島、桐島夏彦です」
椅子の引く音と共に、パーテーションから顔を覗かせた。
丸メガネに、無精髭。
変わらない。
「よお! 久しぶりじゃないか。元気にしていたか?」
「ええまあ、葛原先輩も相変わらず忙しそうで」
書庫と山積みになった本の間を、無理やり出てくる。
「どうした? 寄付金の話か?」
「いえ、違います。それは父がやってますので」
「そうかそうか。いつもすまんな、助かってるよ。ほら、座って」
本と書類の間にある椅子に腰を下ろした。
「悪いな、お茶の一つも出さずに。助手が今日休みなんだ」
「おかまいなく」
僕は頭を下げて、丁寧に断った。
「で、今日はどうした? 角川くんは元気にしているか?」
「はい。元気です」
「そうかそうか。うん」
僕は頭を掻きながら、頷く。
「先輩。ちょっと、聞きたいことが」
「私で分かることか?」
先輩は話が早くて助かる。
僕はカバンから乾電池を二本、取り出した。
「乾電池?」
「はい。普通の流通している乾電池です」
そう言って、昨夜のことを説明した。
子どものことと、飛び降りたことは話さなかった。
説明するのが難しいし、第一信じてもらえないだろう。
「ふん。昔の部屋の映像ね」
「はい。引っ越しする前です。盗撮ってわけじゃないと思うですけど」
先輩は、顎髭を手で触りながら、テーブルに置いた乾電池を眺める。
葛原先輩は、僕が一年生のときの三年の先輩で、今は大学院生だ。
面倒見がよく、頭ごなしに否定せず最後まで話を聞いてくれる。
そして、頼れる先輩でもある。
「まあ、普通に考えてありえないな」
「ですよね」
「それに、リモコンを通してってのが、引っかかる。仮に何かが見えたとするなら、乾電池を握った時だった、とか、触った瞬間見えた、ならまだ分かりやすいが。リモコンの電池を変えて、テレビに映る。なんだろうな」
うーんと唸り声を上げる。
正直僕だって、半信半疑だった。
三度目の屋上を見るまでは。
あれから、ネットで検索をかけた。
それらしい記事が見つかったのは、夜の一時を過ぎた頃だった。
二十代女性。
男との間に、揉めた末に飛び降り自殺。
中絶強要の文字で指が止まった。
スクロールするたびに、胃が重くなる。
結局、男には妻がいて、不倫関係だったらしい。
葛原先輩は、乾電池を手に取り、眺める。
「普通だよな」
「……はい」
「テスターで測ってみるか」
そう言って、机に戻り、戻ってきた手には、L字型の出っ張りが付いた器具を持っていた。
「どれどれ」
乾電池をL字の片方に当て、もう片方を出っ張りに刺し込む。
「うん、残量はほとんどないね」
手元の部分のLEDが薄く光っていた。
「まあ、簡易のテスターだから、ハッキリした残量は分からないけど、これだとリモコンは動かないね」
もう一本も同じように測り、結果は同じだった。
「すみません。やっぱり僕が夢でも見たのかもしれせん。ごめんなさい」
「それはいいだけど。うーん、不思議な現象だね。乾電池に映像の記憶か」
僕はだんだん恥ずかしくなり、切り上げよとしたときだった。
「そういえば、知り合いの教授が、量子的なメモリー効果や、イオンの履歴依存性を研究してて、ちょっと聞いてみよう」
「え、そんな。いいですよ。ご迷惑ですし」
「いやいや。研究はどんなことがきっかけ発見するか分からないからね。俺も興味あるし」
少しほっとしながらも、照れくさかった。
それで、気になることを口にした。
「先輩は、馬鹿にしないんですか?」
「なんで?」
「普通、こんな話をしたら、鼻で笑われると思ったから」
「はは。まあ、君以外の人から聞いたらそう思うだろうけど。まさか、俺をからかいに来たのか?」
僕は手を大きく振って否定する。
「だったら、信じるよ。今の君の顔をみたら、冗談じゃない気がするしね」
思わず手で顔を触る。
昨日からほとんど寝ていない。
「なにか分かったらメールする。まあ、あまり期待しないで待っててくれ」
そう言って、先輩は笑った。
僕も少しだけ笑顔で答えた。
大学を後にした頃には、日が傾き、行きより気温は下がっていた。
ポケットの中の金属は、まだ揺れたままだった。
家にある乾電池以外でも、見えるのか。
今日の選別のときに、無造作に掴んだ乾電池。
怖いものみたさ。
違う。
僕の中で確証が欲しかった。
妄想なのか、現実なのか。
そして、現実なら一体どうしてテレビに映るのか。
次は、どんな映像が映るのか。
帰り道。
行きよりほんの少しだけ、早足だった。




