04話
翌日。
眠ったはずなのに、眠った気がしなかった。
通勤電車の揺られ、見慣れた風景をぼんやり眺めていた。
今朝、部屋を出る時、テレビは見なかった。
こうやっていると、昨夜のことが遠い日の出来事のように思える。
彼女には、「ハートが、やわらかい」とよく言われる。
目を閉じれば、サイレンが残響のように蘇る。
最寄りの駅から会社までは、ニ十分。
この駅で降りる乗客の半分は、僕と同じ会社の人たちだ。
地元でも、優良企業の一つで、市の貢献度も高い。
守衛に社員証を見せて、門をくぐる。
事務職の僕は、九時出勤。
現場の人たちは、一時間早くてもう働いていた。
正面の建屋には、『如月エコ・グリーン』の看板。
その下に、ISO規格が掲げられている。
SDGsや環境保全を前面に出した、現代的で清潔感のある社名、だそうだ。
ドアを開け、挨拶をして入ると事務所はいつも違う雰囲気だった。
「おはよう、桐島くん。ちょうど良かった」
上司の堂前課長が声を掛けてきた。
「おはようござます、課長。なにかあったんですか?」
課長は渋い顔をして、話した。
どうやら、現場のパートやアルバイの数人が麻疹に掛かったらしい。
らしい、というのは、飲み屋で麻疹患者が出て、居合わせたうちの従業員にも罹患した可能性がある。
「というわけで、今日一日、現場監督してくれないか?」
嫌な予感がした。
「現場って、どこのですか?」
「リサイクル部門の選別だ。今日も、役所から乾電池が大量に入ってくる。荷受は社員がやらないといけないからな」
一瞬、緊張が走った。
乾電池。
リモコン、交換。
連想されるのは、子供飛び降り、ワンルーム。
そして……。
「桐島くん? 聞いているか?」
「あ、はい。何でもありません」
僕は、席を見渡す。
他にも従業員はいるし、後輩もいる。
なぜ、と思う前に、返事をしていた。
「悪いな。作業着はロッカーに用意してあるから」
そう言って、僕の肩をポンポンと叩く。
「明日には、別の人を探しておくから、よろしく頼む」
事務所を出ようとしたとき。
部屋の隅に設置されたテレビが、ふと目に入った。
一瞬だけ。
昨日と同じ、屋上が映った気がした。
更衣室で着替えを済ませると、選別工程のヤードに入る。
鉄の臭いと、饐えた臭いが混ざり、鼻をつく。
マスクと防塵ゴーグルをしていても、目を細めてしまう。
液漏れした乾電池が、足元に落ちてた。
手に取り、見つめる。
乾電池。
これが原因だとしたら。
消し去りたい昨夜の出来事が、目の前を過ぎる。
「うわ」
声に出して、潰れた乾電池を放り投げた。
息が荒い。
なにを驚いているんだ。
たかが、乾電池じゃないか。
呼吸を整え、作業場へと向かう。
目の端に、大量に積まれた乾電池の山が見えた。
会社にとって価値のあるものだが、今の僕には嫌悪の対象でしかない。
昨日までの僕と、今日の僕。
たった一日で、考えが180度変わった。
この一つひとつに、未知の映像が残されていたら……。
見なくていいのに、見てしまう。
山の下の方に、見覚えのある乾電池が一個、転がり落ちて来た。
想像が現実味を帯びるその前に、僕は早足で通り過ぎた。




