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31話

 

 自宅に帰ると、着替えもせずにテレビ台の引き出しを開けた。


 そこには今まで見てきた、乾電池の記憶が入っている。

 手元には、八本。

 教授に渡した一本と、事務所で見た二本を加えると十一本見た計算になる。


 自分が見ていない映像が、少なくとも前後に一本ずつあるとすれば十三本になる。


 引き出しからテーブルに並べる。

 八本の映像が呼び起こされる。


 麻衣の周辺で起きている映像だと思っていたが、それだと辻褄が合わない映像が出てくる。


 子どもの映像から始まった。

 あの時はまだ、テレビ番組の延長だと思い込んでいた。


 それが違うと感じたのは、以前自分が住んでいた部屋が映ったからだ。

 そして、唐突に始まった、屋上から飛び降りた女性。


 それから、通り魔の映像が続いて。


 ふと、胸騒ぎを感じた。

 その原因を探るうちに、最初の映像が何か、ぼんやりと分かり始めた。


「そういうことか」


 心の声が口から溢れた。


 映像が、一つに繋がり始めた。

 野球と同じだ。

 プレーボールから見ないと、つまらない。


 最初の映像がないために、混乱したんだ。


「ああ、そうか。ワンルームの映像って、デジタルスタンドの電源を切った日だったんだ」


 だから、テレビの向こうから手が伸びてきた瞬間——映像が消えた。

 デジタル写真には、父と母に抱かれた僕が映っていた。


 息が詰まった。

 忘れていただけで、何も終わっていなかった。

 だからこそ、逃げられない。


 ワンルームの映像の日は、僕にとって特別な日だった。

 マンション契約のために戸籍を取り寄せた。

 そこで初めて知った。


 それまで、母は病気で亡くなったと、父から聞かされていた。


 でも、それが違っていた。

 しかも、弟までいただなんて。


「母は、病気なんかじゃない。飛び降り自殺をしたんだ」


 椅子に腰を落とした。

 テーブルに、両肘をついて顔を覆った。


 弟も同じようにマンションから……。

 それが、記憶を封じた原因だったのかもしれない。


 その頃の僕の記憶は薄い。


 忘れたほうが楽だと思ったのか、それとも無理やり引き剥がしたのか。

 今となっては、あやふやな記憶しかない。


 だからか。

 ずっと、思い出さないようにしていたのは。


 涙は出なかった。

 代わりに、現実の輪郭がぼやけていく。

 これまでの二十八年間が、全部、誰かの嘘で出来ていたみたいだった。


 最初に見た映像は、僕に弟がいた、と知らしめるため。

 次も、そう。

 母の本当の死因を教えるため。


 僕という主人公が抜けていたから、分からなかった。

 過去をなぞって、僕に見せていたんだ。


 啓示。


 誰かに言われたその言葉が、妙に現実味を帯びて蘇る。


 でも、それだけじゃ説明がつかない。

 続きの映像には、僕が知らない『何か』が混ざっている。


 通り魔。

 そして、麻衣。


 これもなにかの啓示だったら。


 嫌な予感が、確信に変わる。


「……麻衣が、危ないのか?」


 僕はスマホを取り出し、急いで電話をかけた。


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