30話
立ち上がった。
心臓が、耳障りなリズムで打ち続けている。
呼吸が浅い。喉が乾く。
今のは、なんだ。
テレビに近づこうとしたときには、野球中継に変わっていた。
「なんだ、騒がしい。なにかったのか?」
堂島課長が、注意する。
就業中ということもあり、音声は切ってあった。
「さっき、また監視カメラの映像が映ったんです」
「このテレビ、繋がってるんですか?」
事務員さんたちが、不満を漏らす。
「いいや、繋がってないけど? 見間違えじゃないのか?」
「そんことありません」
「そうですよ、私も見ました」
映像の中に居た僕には、誰も気づいてない様子だった。
一安心するも、違和感は拭えなかった。
このタイミングで、どうして僕が映った。
工場の作業に就いたのは、先週だ。
作業員数名が、麻疹に罹った。
それで僕が代わりに、責任者として現場に入った。
どんな意味がある。
どうして、あの場面なんだ。
ただ働いているだけの姿じゃないか。
乾電池を、ポケットに入れただけで。
なのに、どうしてあの瞬間だけが、切り取られたんだ。
「桐島さん?」
隣りに座る事務の女の子が、僕を見上げて首を傾げる。
「え、なに?」
「どうしたんですか?」
急いで椅子に座り直す。
「桐島先輩も、甲子園が好きだったんですね。知らなかったです」
「い、いや。好きってほどじゃ」
慌てて誤魔化した。
「でも、野球って最初から見ないとつまらないですよね。途中から見ても、点数が入ったところを見逃すと、なんか嫌じゃないですか」
「そうだね、途中からじゃ……」
そうだ。
途中だ。
僕は、きっと途中の映像ばかり見てたんだ。
順序立てて見れば、何かわかるはずだ。
「ありがとう、すっきりしたよ」
事務員さんは、眉間を寄せて不思議な顔を浮かべたが、僕は笑顔で応じた。
装いながらも、胸の奥はざわついたままだった。
順番があるなら。
まだ、見ていない『最初』と『最後』がある。
帰ったらさっそく、整理してみよう。
見えなかった糸口が見えた気がして、キーボードを叩く指先が少し軽くなっていた。
午後になって、終業時間が近づく。
あれから、映像が映るようなことはなかった。
昼休憩に、一度工場まで足を運び、テレビに映った画角を考えた。
上から下を見下げる映像。
ベルトコンベアーの先には、山積みの乾電池。
あの中に、ある。
テレビに映った、一本が。
普通に考えれば、ホラーだ。
誰に話しても、信じてもらえないだろう。
だが、僕の目には乾電池の記憶が見える。
理由はわからない。
しばらく眺めていたが、何も思いつかなかった。
終業ベルが鳴り、誰よりも早く会社を出た。
道すがらスマホを見直し、昨夜遅くに麻衣からのSNSに返事を書く。
朝は余裕がなかった。
無事に家に帰った、との連絡だったが、足が止まる。
『刑事さんが話しているのが聞こえたんだけど、通り魔の犯人はもっと若い人らしいです。用務員さんには事情を聞くと言っていました。おやすみなさい』
え、違ってたの?
麻衣の方は解決したと思っていたのに、暗雲はまだ晴れそうになかった。
これも見ていない映像があるからなのだろう。
自宅へ向かう足取りは、自然と速くなっていた。
見なければいけない。
まだ、何かが残っている。




