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29話

 

 体の痛さから目が覚めた。

 どうやら、あのまま寝てしまったらしい。


 テーブルから体をゆっくりと起こした。

 全身が固まって、節々が悲鳴をあげる。


「うぅー、あーもう!」


 スマホを手に取ると、朝の六時すぎ。

 出勤までまだ時間はある。


 シャワーを浴びようと立ち上がった足元に、リモコンが落ちていた。

 寝ている間に落としたのだろう。


 拾い上げて、気づいた。


「この乾電池って、いつの」


 新品だと思って入れ替えた。

 映像が映ったということは。


「いつの乾電池だ?」


 頭が覚醒する。

 急いで蓋を開けて、取り出した。


「新品……だ」


 見間違いじゃない。

 なのに、あの映像は映った。


 いや、違う。

 一度、テレビ番組を見るために使っている。


 だから、記録されたのか?


 理屈は分からない。

 ただ、映像が見れたということは、そういうことだ。


 終わらない夢を見ているようで、記憶が曖昧になる。

 いつからだ。

 いつからこうなった。


 振り回される思いに、度しがたい怒りがふつふつと湧き出してきた。


「クソったれ!」


 叫んだ先から力が抜ける。


 もう何もしたくない。

 麻衣も無事。

 おそらく、通り魔も捕まる。

 だったら、もういいじゃないか。


 ……頭をよぎる。


 あの映像の、最後の音。

 それでも、考えるのをやめた。


 僕は警察じゃない。

 どこにでもいる、サラリーマンだ。


 乾電池を放りだし、シャワーを浴びに向かった。


 背後で、テーブルから落ちた乾電池が、乾いた音を響かせた。



 始業ギリギリに出社し、仕事につく。

 忘れたいのに有無を言わせず、意識する。


 遠くから聞こえる、破砕機の振動音。

 パソコンに入力する、廃棄物の品名。


 すべてが乾電池に結びついているようで、目をつぶり、耳を塞ぎたくなる。

 キーボードに置かれた指先が、わずかに震えている。


 因果は収束する——葛原先輩の言葉が、耳の奥で繰り返される。


 深く息を吐き、画面を凝視する。

 でも、視界の端で、モニターの黒い部分に何か映り込んでいる気がしてならない。


「どうした? 顔色悪いぞ」


 後ろから声をかけられた。

 振り向くと、堂島課長がコーヒーの紙コップを片手に立っている。

 いつもの笑顔。

 ほんの少しだけ心配の色が混じっているように見える。


「いや……ちょっと寝不足で」


 僕は曖昧に笑って誤魔化した。

 課長は一瞬、デスクの上の何もない空間を眺め、それから小さく頷いた。


「無理するなよ。因果ってのは、放っておいても勝手に集まってくるもんだ。向こうから来る。頑張ってな」


 そう言って、僕の肩を軽く叩いた。

 いつも口癖だが、今日に限ってはその手の感触が、妙に重い。


 堂島課長が去ったあと、もう一度キーボードに指を置いた。

 でも、打てない。

 打とうとするたび、指が勝手に止まる。


 ——乾電池が、呼んでいる。


 まだ、終わっていない、と。


 シャワーを浴びたとき、背後で落ちた乾電池の乾いた音が、今も耳に残っている。

 あの音が、「まだだ」と囁いているようで。


 ……どうする?


 このまま、ただのサラリーマンとして、目を逸らし続けるか。


 それとも。


 指が、ゆっくりとキーボードから離れていく。

 マウスを動かし、ブラウザを開く。


 検索窓に、何かを打ち込もうとしている。


「麻衣」

「通り魔」

「人身事故」


 指が止まる。


 本当に、調べていいのか?

 調べたら、もう戻れない気がする。


 事務所の時計は、午前十時を少し回ったところだった。


 外は、穏やかな春の兆し。

 いつしか、背中は冷たい汗で濡れていた。


 どうする?

 このまま仕事を続ける?


 それとも、自分で調べ始める?


 全ては僕の次の行動にかかっている。


 そのときだった。


「えーなにこれ?」

「どうしたの?」


 事務の女の子が不満の声を上げる。


「見て、また監視カメラだよ」

「あ、ホントだ。課長、これどうにかなりません?」


 朝から点いていた、好例の高校野球。

 そこには、工場のベルトコンベアが映っていた。


 皆が不満を漏らすなか、僕だけが息を飲んだ。


 見慣れた光景。

 なのに、違和感が消えない。


 画面の奥。

 ベルトコンベアの前に立つ作業員がひとり。

 その面影に、見覚えがあった。

 心臓が、嫌な音を立てる。


 その人物の手が、ゆっくりと伸びる。

 流れてくる乾電池を、迷いなく掴み取る。

 そして、さっとポケットに入れた。


 ——僕だった。


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