20話
ひとりになったダイニングに、テレビの音だけが残っていた。
撮影が終わったのか、雑談をしながら解散する。
しかし、先輩だけはその場から動かなかった。
その様子を見て、違和感を感じた。
「なにを……」
先輩は視線をなぞると、ある人物に向けられていることが分かった。
画面からフェードアウトしても視線は変わらない。
記憶を呼び起こし、思い出す。
誰を見ていたんだ?
「あっ、女の人……?」
プツン。
映像は、予告もなく消えた。
振り返り、玄関先を見ても、答えは返ってこなかった。
——本人の意思と無関係に記録されている。
葛原先輩の言葉が蘇る。
デジカメでの撮影。
先輩はその場に居なかった。
でも……。
「映像は、何かが起きる」
謎だけが増えた。
映像の中に、先輩が落ち込むほどの何かが映っていたのだろうか。
頭を振る。
わからない。
リモコンから乾電池を取り出して、テレビ台の引き出しを開けた。
中で、五本の乾電池が転がっている。
一本は、教授に渡っているので、マジックで乾電池の側面に七番と書く。
放り込むと、そっとしまう。
ため息が鼻から出た。
ダンボール箱には、まだ三十本以上ある。
捨ててしまおう。
今日のような映像が続けば、きっと僕がもたない。
神経をヤスリで削られるような感覚に、耐えられそうになかった。
箱を抱え、リビングの隅に置くと、シャワーを浴びに行く。
全てを洗い流したい気分だった。
明日は日曜。
一日中、寝ていよう。
眠れるかは、分からないけど。
それでも、布団を頭から被って何もしないでいよう。
今の僕には、休息と安堵も必要だが、何もしない時間の方が重要だ。
ため息が呼吸に変わる頃、眠りについていた。
空腹で目が覚めた。
ベッドの上で、仰向けに寝転がり、天井を眺めた。
昨日から何も食べていない。
今何時だろうと思い、スマホを探すがテーブルに置き忘れていることに気づいた。
窓から差し込む光りで、お昼ごろだろうと思いつつ、疲れ切った体を引きずるようにダイニングに向かった。
スマホを手に取ると、着信が二件あった。
両方、葛原先輩だった。
「もしもし、桐島です」
ワンコールで出た。
「ああ、お疲れ様。今まで寝てたのか?」
「はい。ちょっと疲れてたみたいで」
声の調子から、いつもの先輩だと分かった。
すると、電話の向こうで大きなため息が聞こえた。
「一度しか言わないからよく聞いてくれ」
「……あ、はい」
改まった声に、椅子に腰掛けた。
「昨夜の映像なんだが」
声が途切れる。耳を傾けて、ただ待つ。
「……あの映像に、俺が目に掛けていた研究生が映っていたんだ。元気で、頭も柔軟で」
なんと返せばいいのか。
それに、『居たんだ』という言葉に嫌な予感が走る。
「彼女、自殺した」
「えっ……じ、自殺?」
一気に目が覚めた。
なんでそうなる。
それに、自殺って一体なにがあったんだ。
「お前が見たっていう映像。昨晩の話」
「……はい」
「最後に、電車が止まって。人身事故が発生したって。それが、彼女だったんだ」
「……」
喉の奥がぎゅっと締め付けられ、声が出せない。
なんてことだ。
あの時の、人身事故が先輩の知り合いだなんて。
「俺たちが見た映像……。それにお前が見た映像には、必ず何かが起きている。偶然じゃない。理屈は分からないが、おそらく『啓示』の類かも知れん」
「啓示……って。そんな馬鹿な。じ、冗談は良くないですよ、先輩」
「こんなこと、冗談でいえるか。映像には必ず意味があるんだ。だから、お前も気をつけろ。前の家の映像を見たんだろう?」
他にも見ていたが、言えなかった。
それも意味があるっていうのか。
そんなわけがない。
子どもの飛び降りに、僕は何の関与もしてない。
親子の失踪だって……。
そんな都合よく意味なんてあるはずがない。
「聞いているか?」
「……は、はい。聞いてます」
「俺も映っていた。行けなかった場所に俺がいた……きっと何かあるはずだ」
そうだとしても、関係あることばかりじゃない。
通り魔だって、僕の知らない所で起きていたじゃないか。
偶然それを見ただけで、啓示と言われても。
「因果は、収束するって言葉がある。俺だって研究者の端くれ、非科学的な事は言いたくないが、アレを見ちまったあとじゃ、もう……説得力はない。だから、桐島。お前も気をつけろよ」
「……あ、はい」
責められているような気分になり、それ以上何も言えなかった。
「俺はしばらく実家に帰ることにした。あと、悪いが」
ふっと吐く息が聞こえて、「この件からは手を引く」と言い残して電話は切れた。
後味の悪い話だった。
葛原先輩の研究生が自殺。
しかも、僕はその現場を知らずに見ていた。
「……映像には必ず意味がある……か」
そう独りごちて、テレビを見た。
真っ黒な画面に、僕の顔がぼんやりと透けて見える。
出口のない迷路をただひたすら歩いているような、不快感と困惑が足元から押し寄せた。
乾電池の記憶を見る度に、謎は増え、それと同時に解決していく。
「一体僕に、なにをさせたいんだ……」
人を傷つけ、過去を蒸し返す。
明日、出社と同時に乾電池の全てを破砕する。
もう誰の過去も見たくない。
たとえそれが、自分にとって不幸のはじまりであってもだ。
リビングの端にある、ダンボール箱を、僕は不意に睨みつけた。
もう何もしたくない。
何も見たくない。
僕はスマホをテーブルに置いて、ベッドに潜り込んだ。




