19話
ノートを見ていた葛原先輩は、覚悟を決めた面持ちで、ゆっくりと顔を上げた。
「俺も一度、試していいか?」
「試すって?」
意図が汲み取れず、反復する。
葛原先輩の真っ直ぐな視線を受けているうちに、気づいた。
「ち、ちょっと待ってください。まさか、映像を?」
僕は驚いた。
どんな映像が映るのか、予測不可能だ。
「そう心配するなって。こう見えても、非科学的な現象には、懐疑的立場だ。もちろん、お前の話を嘘呼ばわりするつもりはない。ただ、自分の目で確かめて見たいんだ」
「確かめる?」
「うん。まあそれを説明するためにも見てみたいんだ。俺が」
先輩の決意は固そうに見えた。
僕は、ふっと息を吐いて、「わかりました」と合意した。
「呼んでおいて失礼な話ですが、何があっても責任持てませんよ?」
「わかってるわかってる。自己責任でやるよ」
顎を上げながら笑い声を響かせた。
その明るさが今の僕には、少しだけ羨ましくもあり、ほっとできる存在でもあった。
「で、乾電池はあるのか?」
「あ、はい」
逡巡したのは一瞬だった。
先輩なら、大丈夫だ。
「これ、なんですけど」
「おいおい、そんなにあるのか?」
リビングからダンボール箱を抱えて床においた。
あえて説明はしなかった。
先輩なら尋ねはしないだろうと、踏んでのことだ。
「よし、どれでもいいんだな?」
箱を覗きながら、手を伸ばす。
「たぶん。僕も意識して取ったわけでないですから」
「了解!」
先輩は、ガサガサと乾電池をかき混ぜ、一本、手に取った。
「これにしよう」
「くじ引きじゃないんですか」
「はは。お前にしては、言い得て妙じゃないか」
「そうですか?」
葛原先輩は、そう言いながらリモコンを裏返し、乾電池を入れ替えた。
その瞬間、目つきが変わる。
「じゃ、やってみよう」
僕は、黙ってうなずいた。
リモコンをテレビに向けて、ひと息つくと押した。
数秒。
静寂が部屋を満たす。
「だめか?」
「……ですかね?」
テレビ画面は、暗いままで何も映らなかった。
何度か押してみても、変わらなかった。
「変えてみます?」
「お、そうだな」
再び、くじ引きをするみたいに乾電池を手に取ると、入れ替えた。
二度目は、あっさりとボタンを押す。
二人の顔に、テレビの明かりが反射する。
映った映像。
僕は知らない。
ふと、葛原先輩の顔色を伺うと、
「まじか……」
口をあんぐりと開け、目を見開いていた。
「これって、なんですか?」
テレビ画面に視線を戻す。
そこに映し出されていたのは、集合写真の撮影前の映像だった。
全員が笑っている中、先輩だけが「静止画のように」全く瞬きもせず、微動だにせず立っている。
「先輩、固まってますね」
笑いかけた瞬間、映像の中の先輩の首が、ゆっくりと動いた。
「……これ、俺じゃない。この日、俺はここに行ってないんだ。……『これ』は、誰なんだ!」
「えっ、先輩じゃない?」
僕はテレビに近づいてもう一度よく見た。
「いや、これどう見ても葛原先輩ですよね?」
「こ、これは一ヶ月くらいだ。卒業生の……でも、俺は行けなくて」
僕は、ハッとして振り返った。
先輩の顔から表情が消えていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ああ、そうか。俺がいない場所で……」
葛原先輩の言葉は途切れて、リモコンをテーブルに置いた。
「なるほどな……ははは、そっかそっか」
「え、え、どういうことですか?」
テーブルに両手をついて、激しく頭を横に振る。
「ち、ちょっと先輩」
僕は心配になり、先輩の肩に手を伸ばそうとその時だった。
「ごめん、帰るわ……」
「帰るって。どうしたんですか、先輩」
葛原先輩は僕の話を素通りして、玄関に向かう。
呆気にとられているあいだに、玄関のドアの開く音が聞こえた。
「ハイ、チーズ」
声に振り向いた。
シャッター音が響く。
笑顔が広がる中で、先輩の表情だけが抜け落ちていた。




