02話
壁の染みに見覚えがあった。
クーラーから水が漏れ出して、薄汚れた茶褐色の染みを作っていた。
「ありえない。あの部屋はもう……」
さっきとは別の震えが襲ってきた。
半年前。
父の勧めで、今のマンションを買った。
それまで、住んでいたワンルームマンション。
「どうして、テレビに……」
指先がリモコンのボタンを押そうとした、そのとき。
音がした気がした。
ガチャ。
テレビからドアの開く音が響いた。
誰かが部屋に入って来る。
人影が見えた。
薄暗くてよく見えない。
でも、あの背格好。
見覚えが、ある気がした。
テレビの中の人影がこっちに向かって手を伸ばす。
その瞬間。
プツン。
「うわっ」
突然、画面が切れた。
誰だったんだ。
僕か?
それとも、別の……。
背筋に嫌な汗が流れる。
「まさか、うそだ」
否定しても、見てしまった。
人影が持っていた。
テーブルの足元に、同じカバンが見えた。
僕が毎日、使っているやつだった。
もう一度。
僕は慌ててボタンを押す。が、テレビは反応しなかった。
何度押しても無駄だった。
見ないで済むという安堵感と、確かめたいという衝動。
相反する二つの感情が、真っ暗な画面の中に自分の姿を映していた。
その場にへたり込む。
「……記録されてたのか」
一体誰に?
人を入れた覚えは、ほとんどない。
じゃあ……。
繰り返すばかりで答えは霧散して消えていく。
ふと、目の隅に乾電池が入ったダンボール箱が見えた。
交換すればまた見えるのか。
同じ部屋を見るのか?
それとも、また違った部屋が……。
「でも、テレビだよな」
ネットや動画を再生したわけじゃない。
なんで。
手にしたリモコンを見る。
一体僕の部屋で何が起きているんだ。
考えても答えは出ない。
もう一度、確認するしかない。
重い足を動かし、乾電池を取りに行った。
「ちょっと待てよ」
リビングの棚から、十本セットになっている乾電池を取り出した。
交換し、電源ボタンを押す。
画面が点くと、大音量でニュースが流れていた。
驚いて、音量を下げる。
「なんでだ」
全てのチャンネルを切り替えても、放送されている番組が映るだけだった。
盗撮のような映像はどこにもない。
「どうなってんだ?」
夢にしては、細部がはっきりしすぎている。
引っ越しする前のワンルームマンション。
あの部屋は、間違いなく僕の部屋だった。
布団の柄、机の上の漫画とマグカップ。
キッチンにあった箸は、今でも使っている。
目の片隅に映像が見えた。
違和感を感じ、覗き込む。
どこかで見たようなマンションが放送されている。
『先月、マンションから転落した子供の母親が、本日逮捕されました。検死の結果、死亡する前に虐待の跡が見つかり——』
「……あのときの」
マンションのベランダが映し出されていた。
見覚えがあった。
室内から見たあの映像の中に、子供用のタオルが干されていた。
それが今、テレビの中で揺れていた。




