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14話

 

 翌日の土曜日。


 大学の研究室で、僕は白髪の教授――藤堂博士と対面した。

 挨拶もそこそこに、藤堂博士は机の上の乾電池を手に取ると、光にかざすようにして目を細めた。


「葛原くんから話は聞いているよ。乾電池に映像が映る、か」


 口元がわずかに歪む。


「面白いね」


 軽い口調だった。

 だが、その目だけは笑っていなかった。


「残留思念が物質に影響を及ぼす、という話自体は珍しくない」


 乾電池を指先で転がしながら、言葉を切る。


「それが『映像』として現れるとなると、話は別だ。少なくとも、私は聞いたことがない」


 予想していた答えだった。

 それでも、否定されると重かった。


「……葛原先輩も、似たようなことを言っていました」

「だろうね」


 藤堂博士はあっさりと頷くと、不意に眉を寄せた。


「電位差、か……いや、それだけでは説明がつかないな」


 独り言のように呟く。


「乾電池は微弱な電位を長く保持する性質がある。だが、それを『記録』と呼ぶには無理がある」


 藤堂博士の視線が動く。


「君は、それを『記録されている』と思っているのかい?」


 問い返され、言葉に詰まる。


 記録。

 そう考えるのが自然だと思っていた。

 だが、今こうして言われると、何かが引っかかる。


「……分かりません。でも、実際に映ったんです」

「ああ、分かっている。映ったこと自体は疑っていないよ」


 藤堂博士は乾電池を机に置いた。


「むしろ問題は、“どうして今、君がそれを見ているのか”だ」


 一瞬、呼吸が止まる。


「どうして……今?」

「そうだ。もしそれが過去の出来事なら、本来はどこにも再生されないはずだ」


 淡々とした口調だった。


「それが再生されている。しかも、君の部屋で。君の手で」


 喉の奥が、ひりつく。


「……条件がある、ってことですか」

「あるだろうね」


 藤堂博士はあっさりと頷いた。


「強い感情。――未練や恐怖。そういうものが関係している可能性は高い」


 そこまでは、僕もなんとなくだが予想ができた。

 でも、次の言葉は違った。


「ただし、それだけでは足りない」

「足りない?」


 失礼だと思いながらも、問い返してしまった。


「残る側の条件だけで現象が成立するなら、もっと頻繁に起きていてもおかしくない」


 机を指先で軽く叩く。


「にもかかわらず、君は『それを見ている』」


 一拍置く。


「見る側にも、何か条件があるはずだ」


 背筋に、冷たいものが走った。


「見る側……?」

「例えば、場所。時間。あるいは――。そう、心理状態」


 ひとつひとつ、確かめるように言葉が落ちる。


「同じ場所に立つ。似た時間帯にいる。あるいは、似た感情を抱く」


 そこまで言って、ふっと口元が緩んだ。


「まあ、全部推測だがね」


 軽く笑うが、その目は笑っていなかった。


「君はどうだい。心当たりはあるか?」


 問われて、息を飲む。

 思い当たることなどない。

 乾電池を持ち帰り、リモコンに入れただけだ。

 それだけのはず。


「いえ……特には」


 そう答えると、藤堂は小さく「ふむ」と呟いた。


「だとすると、もう一つ、別の考え方があるな」

「もう一つ……?」

「記録ではなく、『残っている』とした場合だ」


 言葉が、妙に引っかかる。


「残っている……とは?」

「そう。保存されたのではなく、その場に、こびりついている」


 乾電池を指で弾く。


「そして、何かのきっかけで剥がれ落ちるように再生される」


 軽い調子で言っているはずなのに、現実味があった。


「……それが、僕のところで起きた?」

「さあね」


 あっさりと返される。


「ただ、一つだけ言えることがある」


 藤堂博士は、ほんのわずかに身を乗り出した。


「普通、こんな残り方はしない」


 静かな声だった。

 その一言だけが、やけに重く残る。


 それに――。

 言いかけて、藤堂博士は口を閉じた。


「いや、いい。今はまだ仮説の段階だ」


 気になるところで止められ、声が出る。


「なんですか?」


 藤堂博士は、少しだけ楽しそうに目を細めた。


「君の見ているものが、本当に過去だけなのか。そこが気になっていてね」


 意味が分からなかった。

 だが、なぜか聞き返す気になれなかった。

 研究室の空気が、わずかに重くなった気がした。


「桐島くん、だったね?」


 僕はうなずいた。今更なにを。


「他にも映像を見たんじゃないのか? 自分の部屋でなく……そう」


 顎に手を当て、上を見る。


「例えば、何か強烈な事件を目撃した」


 声が出そうになるのを、体に力を込めて押し留めた。

 それでも、喉の奥がひくひくと震える。


「……いえ」

「そうか、残念だ。そういったものがあれば、また別の仮説も考えられるが、仕方ない」


 これまで見てきた映像——因果を知らなければ、今すぐにでも話していた。

 でも違う。

 不幸な事故で、済まされない。


 奥歯を噛み締めたまま、何も言えなかった。


 帰り際、乾電池の処分を聞かれ、好きにしてくださいと言った。

 変に執着するのも違うと思ったからだ。


 本音は、どうでもよかった。


 研究室を出たあと、気づけばタクシーに乗っていた。

 窓の外の景色が、うまく頭に入ってこない。


 見慣れているはずの街が、どこか他人のもののように感じられた。


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