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11話

 

「……夏彦。これって一体どういうこと」


 初めてだった。

 声に温度がなかった。


「違う、違うんだ」


 咄嗟に出た言葉だった。

 あの映像は……。


「どうして、私が映ってるの?」

「えっ」

「夏彦、私……信じてたのに」

「ち、ちょっと待ってくれ。何を見たんだ?」


 麻衣は、目を瞑り頭を振る。

 リモコンがテーブルに落ちて、響く。


「聞いてくれ、麻衣。なにが映っていたんだ」

「もういい……」


 俯いたまま、カバンを手に、無言で横を通り過ぎた。

 追いかけようとする足が止まる。


 彼女は、「私が写っている」と言った。

 その言葉に引っかかりを覚えた。


 振り返った先に、テレビが点いている。

 同じだった。

 上から見た画角。


「出窓……クマのぬいぐるみ」


 口をついて出た言葉に、我に返った瞬間、ドアの閉まる音が聞こえた。

 気づけば、テレビの裏に回っていた。


「やっぱり……」


 アンテナのコードは抜けたままだった。

 テレビ番組ではない。


 乾電池の記憶だ。


 テレビには、見慣れた風景。


 街灯や道路。

 部屋に灯りが点いていないだろうか、前より鮮明に見えた。

 子供の声は聞こえない。


 そこで気づいた。

 時間は、おそらく子供が寝ている時間帯。

 これまでと同じだ。この映像は過去だ。


 麻衣がこの道を歩いた——今じゃない。

 頭の中で繋がった瞬間、息が荒くなる。


 映像には、必ず何かが起きていた。


 だとしたら。


 体は、ドアを開け、外へ飛び出した。


 足がもつれそうになりながら、走る。

 夜風が頰を切るように冷たかった。


 帰り道は自然と分かっていた。

 映像には、麻衣が映っていた。


 口で息を吸うと、喉の奥が焼けるように痛い。


 何度か角を曲がり、街灯が見えた。


 その下に、人影。

 麻衣だ。


 と思った瞬間、息が詰まる。

 奥から別の人影がちらりと目に入った。


 うそだ、うそだ。


 僕は大声を上げて、叫んだ。

 冷たい空気に、唇が裂けて血の味がする。


「麻衣っ!」


 何度も叫ぶ。

 頼む、気づいてくれ。


 街灯の下で、麻衣が立ち止まった。

 背後から、別の影。


「麻衣! 逃げろ!」


 閑静な住宅街に、悲痛な叫び声が響き渡る。


 頼む、逃げてくれ。


 影が重なった。

 足は止まり、膝から崩れ落ちた。


「クソ!」


 もっと早く気づいていれば……。

 涙と共に、喉が枯れる。


 肩で息をする僕の前に、スニーカーが見えた。


「え」


 顔を上げた先に、麻衣が立っていた。


「なに? 大声で。どういうつもり? 盗撮だけじゃなくて、私を晒し者にしたいわけ?」

「そ、そうじゃない。男が……」


 助かったのか。

 ホッとするのと同時に、人影が横を通り過ぎた。

 背広姿の中年男性。


 地面に崩れたままの僕を、横目で見て行った。


 そうだ。

 あれは、過去の映像。

 今じゃない。


「もういい? 着いて来ないで。次は、警察に連絡するから」

「……麻衣」


 何も言えない。

 説明が出来ない。

 僕はしばらく、彼女の後ろ姿を見送ってから立ち上がり、距離を空けてついて行った。


 駅の近くまで来て、体に力が入っていたことが分かった。

 関節が、ぎしぎしと痛む。


 それでも、彼女が改札に消えるその時まで、目を離さなかった。

 彼女の降りる駅は比較的明るい。


 過去の映像。

 一体彼女は何を見たのか。


 本音を言えば、今すぐにでも聞きたかった。

 映像に映ったのは自分だけなのか。

 他に誰も、居なかったのか。


「ううん」


 声に出して否定する。

 あの映像には、道だけが映っていたんじゃない。


 温かな親子の声が、脳裏を過った。


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