10話
睡眠不足のまま、月に一度の棚卸しで遅くなった。
駅を降りて、家路につく。
通い慣れた道。
真っすぐ行けば、コンビニがあり数回角を曲がればマンションだ。
だが、今日はまっすぐ帰る気になれなかった。
理由はない。ただ、なんとなく遠回りしたくなって、道を逸れた。
夜の八時過ぎ。
住宅街は、家々の窓から漏れるオレンジ色の光を静かに湛えていた。
角を曲がると、急に既視感に襲われた。
呼吸が荒くなるのが自分でも分かる。
なぜだか分からない。
僕は、辺りを見回した。
少し行ったところに街灯が一つ。
周りは、一戸建ての住宅。
ふと、耳が声を拾う。
「う、うそ」
嫌でも理解した。
子どもの笑う声だ。
僕は咄嗟に上を向いて、辺りを見回す。
テレビで見た画角は、上の方だった。
少し移動しながら、目線を動かすとあった。
「……出窓だ」
視線をそのまま今いる自分の場所から、街灯までゆっくりと動かした。
あの位置だ。
再び視線を戻すと、出窓にあるクマのぬいぐるみと目があった。
「乾電池……」
昨夜の映像を思い出し、ぞくりとする。
影絵が動かなくなった場所は、自分が今立っているところだった。
走りたいのに、緊張で体が動かない。
街灯の下。
スポットライトのようなその場所に、人影が見えた。
「……え」
逆光のシルエットは、僕に近づいてくる。
ガタガタと音がなる。
それが、自分の口から漏れていると気づくまで数十秒。
視界の端で、影が揺れた。
来なければよかった、という考えしか浮かばない。
まったく気づかなかった。
あの事件が、すぐそこで起きていた。
震えを押し殺し、唇を噛む。
足音が近づいてくる。
輪郭だけの人影が、僕の目の前まで来たときだった。
目を瞑った。
気配が、通り過ぎた。
足音は遠くなる。
安堵と恐怖で、握った手に汗が滲んでいた。
知らず止めていた呼吸が、一気に溢れ出す。
「……なんなんだよ」
振り返らなかった。
代わりに、子どもの笑う声が、静かに伝わってきた。
引き返して、自宅に向かった。
足が前に出なかった。
全身に嫌な汗が吹き出て、焦燥感が肌に纏わりつく。
今すぐにでも着替えたい。
手間取りながらも、自宅ドアを開ける。
スニーカーが一足。
リビングから灯りが漏れていた。
急いで上がると、目を疑った。
「なんで……麻衣が」
テーブルの前に立ち、彼女はテレビを見ていた。
リモコンを手にしている。
彼女の横顔には、感情が抜け落ちていた。




