第4話:私の手を取る紳士と、魔法にかけられたような一日
待ち合わせのホテルのラウンジに現れた高橋誠さんは、プロフィール写真の何倍も素敵な方だった。
仕立ての良い落ち着いたネイビーのスーツを上品に着こなし、穏やかな笑みを浮かべている。
「初めまして、美穂さんですね。高橋誠です。今日はお会いできて本当に嬉しいです」
「は、初めまして……っ」
洗練された彼を前にして、私はすっかり萎縮してしまった。
クローゼットの奥から引っ張り出した、何年も前の時代遅れのワンピース。すっぴんを隠すためだけの薄化粧。
場違いな自分の姿が恥ずかしくて、私は思わず、ひび割れて荒れた両手をテーブルの下に隠そうとした。
しかし、誠さんはそんな私の焦りに気づいたのか、優しく目を細めて私の手元を見つめた。
「隠さなくても大丈夫ですよ、美穂さん」
「え……?」
「その手は、ご家族のために長年一生懸命に働いてこられた、何よりも尊くて美しい手です。誇りに思っていいんですよ」
――美しい手。
結衣からは「底辺ババアの汚い手」と罵られ続けてきたこの手を、目の前の人は真っ直ぐに肯定してくれた。
その瞬間、私の目から不意にボロボロと涙がこぼれ落ちた。
二十五年間、誰にも認められず、ただすり減っていくだけだった私の人生が、初めて報われた気がしたのだ。
「あ、すみません……私、なんだか急に……」
「いいえ。……美穂さん、あなたは今まで、自分のすべてを他人のために捧げてきたのですね」
誠さんは懐から真っ白なハンカチを取り出し、そっと手渡してくれた。
「これからは、ご自身の人生を楽しんでください。……もしよろしければ、今日は私が、美穂さんが本来持っている魅力を引き出すお手伝いをさせていただけませんか?」
誠さんに優しくエスコートされ、私はホテルを出た。
連れて行かれたのは、私など一生縁がないと思っていたような高級な美容室だった。
プロの美容師の手によって、パサパサだった髪は艶やかなショートボブに整えられ、顔には私に一番似合う上品なメイクが施される。
その後は、大通りの高級ブティックへ。
誠さんが「絶対に似合うはずです」と選んでくれたのは、くすんだ肌を明るく見せてくれる、柔らかなラベンダー色のワンピースだった。
試着室から出て鏡の前に立った瞬間、私は息を呑んだ。
そこにいたのは、疲れ切って人生を諦めた「おばさん」ではない。年相応の艶と品性をまとった、一人の大人の女性だった。
「……美穂さん、とてもよくお似合いですよ。本当に綺麗だ」
「誠さん……私、なんだか魔法にかけられたみたいで……」
信じられない思いで鏡を見つめる私に、誠さんは穏やかに微笑みかけた。
「魔法だなんて。美穂さんが本来持っていた魅力が、表に出ただけですよ。さあ、次は美味しいディナーを食べに行きましょうか」
彼に優しくエスコートされながら歩く私の心は、何年も忘れていた温かな光で満たされていた。
自分のために生きていいのだと、ようやく思えるようになっていた。
***
一方、その頃。
結衣は、家出して転がり込んだ都外れの古びた木造アパートで、スマートフォンの画面を血走った目で見つめていた。
「なんでよ……なんで決済できないのよ!」
床にはコンビニ弁当の空きガラや脱ぎ捨てられた服が散乱している。
ルカの生誕祭の特別VIP席の抽選に当たり、今日中に数十万円のチケット代を振り込まなければならないのに、クレジットカードの決済が弾かれてしまうのだ。
何度カード番号を入力し直しても、画面には無機質な文字が表示されるだけだった。
『エラーが発生したため、指示に従えません』
「はぁ!? 限度額なんてまだ全然いってないはずでしょ!? このVIP席を逃したら、ルカくんの認知が切られちゃうのに!」
実家にいれば無料だった家賃、光熱費、食費。
それらが一気に重くのしかかり、結衣のカードの限度額はすでに天井に張り付いていた。
しかし、家計管理など一度もしたことがない結衣は、その事実に全く気づいていなかったのだ。
「……そうだ。ちょっとママに電話して、カード貸してもらお」
悪びれる様子もなく、結衣は美穂の番号を発信した。
しかし——『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』という無機質なアナウンスが、散らかった部屋に虚しく響き渡るだけだった。




