7-6 仮想空間コンソールとシュールな絵面
7-6 仮想空間コンソールとシュールな絵面
シラサギを纏ったクローディア(マリ)は、広大な屋内試験場の中央にぽつんと佇み、思考入力で「デバッグモード」を起動した。次の瞬間、彼女のヘルメットのバイザー越しの視界には、コントロールルーム(管制室)のメインモニターと全く同じ無数のシステムログや数値グラフが、鮮烈な仮想現実として空中に浮かび上がった。
視界の最下部には透過型のキーボードも投影されており、そこに両手を添えて「キーを叩く真似」をするだけで、内蔵された生体微弱電位センサーが動きを感知し、実際に入力を行うことができるのだ。
それこそ、往年のSFアニメでキャラクターが空中に浮かぶ半透明のコンソールをブラインドタッチで高速操作している、あの情景を思い浮かべれば分かりやすいだろう。
ただし、管制室にいるゆりのように、外部からその行動を客観的に見ている人間からすれば、マリがただ虚空に向かって両手を前に突き出し、狂ったように指をせわしなくパタパタと動かしている怪しい姿にしか見えず、あらかじめシステムの説明を受けていなければ、一体何が起きているのか絶対に理解できないであろうシュールな絵面であった。
なお、このシステムは音声入力や視線入力のオン・オフも任意で瞬時に切り替え可能となっていた。だが、これほどの高度な空間インターフェースを使いこなせるからと言って、実際に「最高出力のまま自分で走り回り、壁に激突する寸前の極限状態で数値を直接書き換えていこう」などと考えるのは、控えめに言っても正気の沙汰では無かった。
「――いいかい遥。動きながら直接、この狂ったアシスト出力を叩き落として調整する。……私の脳の反射神経が間に合わずに壁に激突しそうになったら、その時は私を受け止めておくれ」
「はい、分かりました。マリ」そう言って、白銀のシラユキを纏った遥は、マリのすぐ横で一切の無駄のない護衛の構えとして待機した。常人なら骨折どころでは済まない人体実験を、人造人間の圧倒的なフィジカルだけで強引に解決する、まさに「遥頼みのパワープレイ」であった。
「よし……ファーストテスト、行くよ!」マリが地面を軽く蹴った瞬間、シラサギの過剰なパワーアシストが牙を剥き、バイザーの視界が一気に光の速さで後方へと流れ去った。
風を切り裂き、トップスピードへ達するまでわずかコンマ数秒。気がついた時には、マリの視界の目の前には、試験場の頑強なコンクリートの防壁が文字通りの「目と鼻の先」にまで迫っていた。
人間の脳が恐怖でフリーズし、壁に激突して肉塊になるのを確信した、まさにその刹那。ガシィッ!と、真横から凄まじい衝撃と共に、白銀の影がマリの身体を強固に包み込んだ。
衝突の衝撃で防壁にマリの長い髪が数本スレスレで掠めるほどの極限のタイミングで、遥が音速の踏み込みによって滑り込み、マリの身体を横から軽々とお姫様抱っこで完璧に抱き上げたのである。
「――なるほど! これは面白い! いやぁ、最高に面白すぎるな!」並の人間ならショックで心臓が止まっているであろう死線の一歩手前。しかしマリは、遥の強固な両腕の中にすっぽりと抱き上げられた恰好のまま、ヘルメットの奥で心底愉快そうにゲラゲラと大爆笑してみせるのだった。笑ってばかりでは開発は1ミリも前に進まない。
マリは遥に抱きかかえられたまま、あるいは再び地面に降ろされて猛ダッシュを再開しては、迫り来る壁のプレッシャーの中で指をパタパタと動かして瞬時にパラメータの値を変更し、人間の「歩く」「走る」「跳ぶ」といった基本動作のログを片っ端から上書きしていった。
突撃、救出、数値書き換え――その狂気的なサイクルを、二人は試験場で何度も、何度も繰り返した。普通のエンジニアであれば、こんな命がけの原始的な方法でデバッグをしようなんて絶対に思わないし、そもそも怖くて実行すらできないであろう。
そう意味において、恐怖心をロマンで完全に塗り潰して楽しんでしまうクローディア・マリ・天野の非凡な(歪んだ)工学の才能は、この過酷なデバッグ実験の現場でも、これ以上ないほど遺憾なく発揮されているのであった。




