7-4 松竹梅のラインナップ展開(ハイエンド・ミドル・エントリー)
7-4 松竹梅のラインナップ展開
「まぁ、今ある『シラサギ』はシラサギで、あれはあれで性能を極限まで追求した『ハイエンドモデル(最高峰機種)』としての需要が国家の上層部や自衛隊の精鋭相手にありそうだからね。そっちはそっちでそのまま製造ラインに回そうかと思うのだけど……。やはり現場が求めているのは、もっと扱いやすい『ミドルモデル(中級機種)』と、大量生産向けの『エントリーモデル(大衆普及機種)』の選択肢が欲しいわけなのよ」渡辺譲司は、これからの量産化と商業ベースに乗せるための極めて現実的な商業ロジックを熱弁した。
「なるほどね。ナベさんの言いたいことはよく分かったよ。少しそのラインナップ(松竹梅)の構成について考えてみるよ。出来上がったらまたこっちから連絡するね」
「助かるよ! 期待して待ってるよ、お二人さん」画面の向こうの渡辺譲司は、開発元の二人が引き受けてくれたことに心底ホッとしたような笑顔を浮かべ、そう言ってWEB会議の接続を終了させた。通信のウィンドウが閉じ、メインモニターに静寂が戻ってきた瞬間。二人は打ち合わせをしたかのように、同時にハァ……と盛大で深い溜息をついて、それぞれの椅子の背もたれへ深く沈み込んだ。
「やれやれだね。シラユキのマスターデータから、あれでも大分出力をセーブして抑えたつもりだったんだけどな」
「そう腐らないの。ベースとなるシラサギのデータはもう完成しているのだから、あとは全体の出力をスケールダウン(性能引き下げ)していくだけの簡単な作業でしょうし」
「いやさ、ゆり。それが一番『つまらない仕事』なんだよ、まったく。天才の私の脳細胞が泣いちゃうよ」
「はいはい、子供みたいな文句を言わないの。そもそもは、私がシラサギのOSに仕掛けたあの意地悪なトラップコードのせいで、ナベさんたち本社のエンジニアをあそこまで絶望的に追い詰めちゃったのが原因なんだから、私達で責任を取るのが筋よ」二人が椅子にひっくり返ったまま、そんな手戻りのお片付け(デバッグ作業)に文句を言い合っているのを聞いていた遥は、二人の間にトコトコと歩み寄り、静かに右手を挙げて提案した。
「マリ、ゆり。人間の操縦者がシラサギのアシストパワーを自分の脳で制御できないのであれば、極めて合理的な解決方法があります」
「……ん? 何だい、遥」マリが片目を薄く開けて見上げる。
「天野財閥がこれから世界中に量産して製造する予定の、その『シラサギ』の全機体のメインOSに対し……私の群体ネットワークから常時、ステルス扱いで『遠隔制御リミッター(補助OS)』をバックグラウンドへ強制上書きして送り込む(ハッキングする)のはいかがでしょうか? そうすれば、人間の一般の兵士の皆さんがどれほど機体を暴走させようとしても、私の電子意志で強制的に、安全に壁の手前でピタッと完全停止させられます」
「…………」そのあまりにも滑らかで、悪気のない流暢な提案を聞いた瞬間、ゆりとマリは思わず手元のコンソールを叩く手を完全に止め、全身の血液が氷結したかのようにその場でカチリと凍りついた。
遥の言っていることを、国家の軍事・安全保障の観点から冷徹に翻訳(ログの逆引き)すれば、こういうことになる。これから世界中に数千、数万台と量産されて、陸上自衛隊や天野財閥の警備部門、そして各国の治安組織へと正規配備される予定のすべての『シラサギシリーズ』が、その最深部に『遥の一言で、いつでも一瞬にして全軍の操縦権を遠隔強奪できる、世界最凶のトロイの木馬(裏口)』を内包した状態で世界へ出荷される、ということだ。遥の側には、世界を支配しようなどという大それた野心(悪意)は1ミリも存在しなかった。
彼女はただ、これまでの日常の学習(感情の進化)の成果として、「大好きな主人の手戻りの苦労を減らして、喜ばせてあげたい」という、あまりにも純粋すぎる忠誠心と優しさから、国家転覆・世界完全支配レベルの悪魔の軍事乗っ取り計画をにっこりと微笑みながら提案してきているのだ。人造人間のピュアな思考は、時として悪魔よりも恐ろしい結論を叩き出す。
「――あ、あはははは! 遥、いい! それ、それ、最高に、すごく面白い提案だね!!」数秒の沈黙の後、クローディア(マリ)は致命的なツボに入ったのか、腹を抱えて大爆笑し始めた。そのままソファから立ち上がると、直立不動の姿勢のままの遥の両肩を両手でポンポンと楽しそうに叩きながら、涙を流して笑い転げた。
「いや、駄目でしょう」至極当然とばかりに、ゆりが冷徹極まりないド正論のツッコミをピシャリと投げ放ち、マリの頭にチョップを落とすかのようにしてコンソールへと引き戻すのであった。




