7-3 「操縦者側のスペック限界」の見落とし
7-3 「操縦者側のスペック限界」の見落とし
「あちゃ?……やっちゃったわ、これは」
「そうね。完全に『操縦者側のスペック限界』を見落としていたわね」大惨事の衝撃映像を見せつけられた二人は、今度こそ完全にすべてを理解し、手元のアシスト出力グラフを見ながら同時にガックリと肩を落とした。二人が実験データの収集を頼んだのは、他でもない遥(達)だ。
シラユキの力を共有し、恐怖心も痛覚もなく、ミリ秒単位で全身のナノマシンの挙動を同調(アクティブ同期)させられる彼女にとって、シラユキの出力をほんの少し落としただけの『シラサギ』など、最初から使いこなせて当然の帰結だったのである。
ゆりもマリも、これまではコンソールに流れ込んでくるログの「数値の整合性」だけを確認しており、当の遥本人もいつも通り何事もなかったかのように平然と動けていたため、今日この瞬間まで何一つ違和感を覚えなかったのだ。一般の生身の人間の限界を考慮していなかった、これは完全に二人の落ち度であった。
「それでね、製品版の落とし込みをしていたうちの現場のエンジニアたちもさ、この暴走を抑えようとしてプログラムの制御数値を弄って、色々模索しようとしたわけなんだけど……。もう、数値を書き換えるたびになぜか制御がおかしな状態になって暴走が加速してしまい、全く手が付けられなくてね。どうにもならないから、こうして開発元の二人に泣きついて連絡したわけなんだよ」通信画面の向こうで、渡辺譲司は本当にお手上げだとばかりに、大きな溜息をついて頭を掻いた。
(……ふふん。まぁ、当然よね)ナベさんのその悲鳴を聞きながら、ゆりは内心で不敵な笑みを浮かべていた。現場のプログラマーが数値を弄るたびにシステムが狂っていった原因。それは、他でもないゆり自身がシラサギのOSの最深部へ二重三重に仕込んでおいた、鉄壁の『ブラックボックス』の罠によるものであった。
天野グループの本社や外部の人間が、二人に無断でコードを解析したり、勝手な数値の書き換え(改造)を行おうものなら、プログラム自体が意図的にバグの迷宮を形成し、おかしな方向へ暴走するように仕向けているのである。
ちなみに、その無理な書き換えの進行具合によっては、機体システムが自動的に防衛用の暗号ロックをかけ、二度と起動できないようにセーフティが自壊する仕様まで仕込んであった。
「うん。状況はすごく理解したよ、ナベさん」
「それは良かったよ! これ、口だけで説明するのはちょっと難しそうだったからね。……それでさ、お二人さんに、どうしてもお願いがあってだね」渡辺譲司は画面越しに真剣な顔になり、机の上で手を合わせて頼み込んできた。
彼の願い――それは、今現場にあるシラサギの出力をさらに極限までデチューン(性能引き下げ)した、普通の人間でも安全に運転できる『シラサギの劣化版』を、最初から二人の手で作って欲しい、ということだった。
世界最高峰の戦闘装甲服『シラユキ』。その出力を人間用に落としたはずの『シラサギ』。
そして今度は、そのシラサギをさらに使いやすく落とした「劣化版の、さらに劣化版」の作成依頼。
開発者にとっては、まさにこれ以上ないほどの泥臭い「手戻り(仕様変更)」であった。
マリとゆりの二人は、ついに本当の意味で、自分たちのうっかりミスのお片付け(デバッグ作業)へと強制的に引き戻されることになるのであった。




