7-2 F1マシンと化した『シラサギ』
7-2 F1マシンと化した『シラサギ』
「……まぁ、私からくどくど説明するよりさ、まずはこれを先に見てほしいわけよ」画面の向こうで、渡辺譲司は苦笑いを浮かべながら手元のコンソールを叩き、WEB会議のウインドウへある一つの動画ファイルを共有し、再生し始めた。メインモニターに映し出されたのは、天野グループが誇る広大な屋内訓練場。
そこには、マリたちがアップロードした設計データを元に、試作されたばかりの白い『シラサギ』を纏った屈強な開発テスターたちが大勢、物々しい様子で並んでいた。そして、映像は「実地テスト開始」のログと共に、次なるシークエンスへと移行する。画面の中で繰り広げられたのは、まさに言葉を失うほどの、あまりにも酷い有様であった。
一人のテスターが軽く前に一歩を踏み出し、走ろうとした瞬間。スーツから凄まじい風切り音が響いたかと思えば、人間の脳の反射神経を遥かに置き去りにした異常な超加速によって、そのまま前方の防壁へと弾丸のごとく突撃し、文字通り「上半身が壁の中にくっきりとめり込む」という大事故を起こした。
また別のテスターがその場から軽く上空へ跳躍した瞬間。パワーアシストの過剰な跳躍力によって弾かれたように跳び上がり、悲鳴を上げる間もなく「頭から天井のコンクリートに深く突き刺さる」という地獄絵図のような光景が映し出される。
さらに、テスト用の打撃対象マシンを拳で殴ろうとしたテスターにいたっては、拳が触れた瞬間に絶大なエネルギーが暴発し、標的だけでなく、背後の高価な測定装置ごと部屋の壁までを粉々に木端微塵に完全破壊(粉砕)してしまっていた。
例えるなら、自動車の運転免許を取り立ての初心者に、世界最高峰のモンスターマシンである『フォーミュラカー(F1)』をいきなり運転させているような、あまりにも狂った状況であった。
誰も機体のスペックをコントロールできず、全く使いこなせていないのだ。
シラサギ――それは、人類の脅威であるアノマリーに対抗するために開発された、天野グループ最先端の戦闘装甲服である。全身に張り巡らされた数兆個の自律ナノマシンを保有し、アクティブ駆動時は装甲表面へ高密度の特殊ナノ障壁を展開することで、触れた物質をドロドロに溶かすアノマリーの「融解捕食」を完全に無効化する絶大な防御力を発生させる設計だ。
前章までの開発・試作機試験時、インドア派のクローディア(マリ)もゆりも、「こんな重い鉄の塊、人間が着て動けるわけがないじゃない」と自分で装着して歩き回ることはしなかった。だが、一度システムを起動してしまえば、内蔵された超高出力のパワーアシストが100%介入するため、生身の人間でも軽々と映像のような超人的な破壊力を生み出すことができるのだ。端的に言えば、このスーツを装着しさえすれば、理屈の上では「誰でも簡易的に一瞬で超人になれる」という夢の装備。……のはずだった。
「こ、これは……」ゆりは、次々とテスターたちがびっくり箱のように壁や天井に突き刺さっていく衝撃映像を前に、驚きと戦慄のあまり言葉が出なかった。
「なんだい、これは!? ナベさん、一体どういう事だよ! 私たちの組んだ仕様書に、こんなバグ(暴走命令)は入っていないはずだけど!」マリもあまりに予想外すぎる凄惨な状況に、メインモニターの渡辺譲司へと身を乗り出して問い詰める。
「まぁ、どうもこうも、二人の作ったスーツのパワーがありすぎてさ。生身の一般のテスターじゃ、誰もまともに一歩も歩けない(使いこなせていない)ってところかな。……というかさ」渡辺譲司は、組んだ指の奥から、諦めたような、けれど全てを察したような眼差しを向けてきた。
「……そもそも、二人はラボで開発している時、一体『誰』にこのスーツの試着試験を頼んでいたんだい?」ナベさんのそのごく自然な質問が、研究室の冷たい空気に溶けていく。それに気がついた瞬間。マリとゆりの二人は互いに顔を見合わせ、滝のような冷や汗を流しながら、完全に声を揃えてハモるしかなかった。
「「あっ……」」そうである。思い出してほしい。二人がこれまで何度も何度も、仕様の限界値を見極めるために、平然と高高度から飛び降りさせたり、超音速のブレードを片手で軽々と振らせては、何食わぬ顔で完璧な動作ログ(データ取り)を涼しい顔で提出してくれていた相手。
人間を遥かに超越した絶大な身体能力と、個体が滅んでも一瞬で記憶を常時同期する、256人の完全な群体知能。あの規格外の『遥(達)』の身体スペックをデフォルト(基準値)にしたまま、出力を100%全開の状態でマスターデータをアップロードしてしまったという、あまりにも初歩的で、あまりにも致命的なうっかりミスのツケであった。




