6-18 量産型評価機『白鷺(シラサギ)』の誕生
6-18 量産型評価機『白鷺』の誕生
ガシャガシャと激しい音を立てて壊れていく、マネキン人形の物理破壊データ。そして、試験場で縦横無尽に躍動する256人の遙たちから紡ぎ出される、膨大な生態ログ。
その双方が一本の流れに合流し、ゆりのメイン端末のモニターに【進捗率:100% / 最適化完了】という鮮やかなエメラルドグリーンの文字を躍らせた。ゆりは画面の数値を最終確認すると、ホッと長い溜息を吐き出し、椅子の背もたれに深く身体を預けた。
「マリ、マネキン側の構造損壊ログと、遙たちのモーションデータの完全統合が終わったわ。……これ以上ないくらい完璧な、人間用の『評価試験データ』の完成よ」何着ものプロテクターの残骸――それらはすぐさま回収プールに放り込まれ、分子レベルで次の資材へと還元・リサイクルされていく――という尊い協力を経て、ついに提出用兵器の完成が告げられた。
「ああ、素晴らしい。こちらの端末でも確認したよ。これで、進捗がどうのと言ってうるさく急かしてくる上層部の連中にも、デカい口を叩かれなくて済むようになるね」
「これなら、天野財閥の監査がいつ入っても文句のつけようがないわ。完全に合格点よ」二人はようやく、課せられていた「対アノマリー兵器開発」という重いノルマに完璧な目途が立ち、肩の荷が下りた喜びを静かに分かち合った。「さて、いつまでも『シラユキ廉価版』とか『ダミー機』って呼ぶのも不便だし、そろそろこの子にも正式な命名でもしようかな」そう言って、クローディアは悪戯っぽく笑いながら、ゆりの顔を覗き込んだ。
「そうね、廉価版じゃあ味気ないもの。……で、あなたのことだから、もう何か突飛な名前が決まっているんでしょう?」ゆりは、クローディアのいつもの行動パターンを完全に予期して、苦笑しながら返答する。
「さっき休憩中にブログを読んでいたらさ、面白い記事を見つけたんだよ。ある家で飼われている二羽のインコが、窓の外をじっと見た瞬間に、大パニックを起こして恐慌状態に陥ったんだって」
「へぇ、何がいたのかしら。猛禽類――タカやワシでも現れたの?」
「いいや、庭に佇んでいたのはね、ただの大きな白い鳥――『鷺』だったそうさ」クローディアは楽しそうに、小さなインコたちが自分より遥かに巨大な白い鳥の圧倒的な存在感に驚いたというエピソードを身振り手振りで説明した。
ゆりは、次の展開が完全に読めたと言わんばかりに、やれやれと深くため息をつく。
「……何となく、嫌な予感がするわね。一応聞くけれど、そのインコとサギの話が、今回の命名にどう関係しているのかしら?」
「サギさ、シラサギ! この廉価版の名前は、今日から『シラサギ』に決定だよ!」
「はぁ……やっぱりね。一応聞くけれど、科学的な由来とか高尚な意味は無いの?」はいはい、と促すゆりに対し、クローディアは堂々と言い放つ。
「ブログを読んだ瞬間にインスピレーションが湧いたんだから仕方ないじゃないか! それにほら、最高傑作の『シラユキ』と、廉価版の『シラサギ』。名前の語呂も似ているし、丁度いいだろう?」
「……まあ、あなたがそれで良いと言うならもう『シラサギ』でいいわよ。単純な理由だけど、名前の響き自体は偽装工作に使えそうだしね」だが、ゆりが瞬時に直感した通り、この『シラサギ』という名前は、固有の鳥の種名ではない。
生物学において『白鷺』とは、ダイサギ、チュウサギ、コサギなど、全身の羽毛が白いサギ類の「総称」に過ぎないのだ。
もし外部の組織や悪意あるスパイがこのコードネームを盗み見ても、彼らはただの「白いサギ(量産型の総称データ)」を掴んだだけに過ぎないと思い込むだろう。
まさかその欺瞞の影に、他ならぬ『固有の種(唯一無二の最高傑作)としての、シラユキ』が厳重に隠匿されているとは、夢にも思わないはずだ。
こうして、クローディアの破天荒な思いつきと勘違いのまま、真実を世界から隠蔽するための絶対の盾――量産型評価機『白鷺』は、完璧なデータと共に、静かにその産声を上げたのである。




