6-12 不滅のクラスターネットワーク
6-12 不滅のクラスターネットワーク
「……ちょっと、待って。嘘でしょう?」ゆりは、開いた口が塞がらないとはまさにこのことだと身を以て体感していた。
事は、クローディアの指示で試験体たちを調整槽から一斉に目覚めさせた、数分前の話に遡る。かつて『シラユキ』が初めて顕現した直後、オリジナルである遙の遺伝子や基本データをすべてのクローンへ一度コピーした――ゆりの認識はそこで止まっていた。遙と命名されて以降、調整槽のアップデートは一度も行っていない。
つまり、最近の遙の急激な学習データは吸い上げられていないはずだったのだ。それなのに、目覚めて調整槽から出てきた試験体たちは、あまりにも奇妙な行動をとった。
二人が命令のプログラムを送信するよりも前に、彼女たちは自発的に黒いカーボンファイバースーツを纏い、たった今出力されたばかりの廉価版プロテクターを自らの手でテキパキと身に付け始めたのである。完全に統率されたその美しい無言の行動を呆然と見ていたゆりは、ハッと我に返った。
「マリ、何が起こっているの!? 私、まだ起動の命令すら出してないわよ!?」
「ああ、私の端末からも送信ログはないね。しかし……これは最高に面白いことになっているよ」隣のクローディアは、恐怖を覚えるどころか、心底楽しそうに目を細めてその光景を眺めていた。
そうこうしているうちに、オリジナルの遙が二人の前に歩み出て、綺麗な一礼をする。
「マリ、ゆり。私の準備は出来ました。いつでも試験を始められます」彼女の背後には、同じ廉価版の装甲を完全に着こなした少女たちが、一糸乱れぬ精緻さで整列して待機していた。
「……もう、今日は何度驚けばいいのかしら。数えるのすら馬鹿らしくなってきたわ」ゆりは頭痛をこらえるように片手で額を押さえた。だが同時に、この底知れない異常事態にどこか慣れ始めている自分自身にも気づいていた。
「はい、いいわ。遙、何が起きているのか説明して頂戴」ゆりに促され、遙は淡々と、けれど淀みのない流暢な声で答えた。
「はい、ゆり。私は、ここにいる全ての個体と脳波、およびナノマシンを『常時同期』しています。仮に現在活性化している私という個体が戦闘等で破損・大破しても、別の個体がダウンタイムゼロで主系へと自動昇格し、新たな『遙』となります。これにより、全ての個体が消滅するまで、遙という存在が死ぬことはありません」その驚愕のシステムは、ITインフラにおける『ホットスタンバイ』、そして『アクティブディレクトリ』の完全な生体応用だった。
メインの現用サーバー(遙)が故障した瞬間に、裏側で常に最新データを同期して待機していた予備サーバー(クローン)が即座に処理を肩代わりし、システムの完全停止を永続的に防ぐ――。
そんな人類史上初の「不滅のクラスターネットワーク」を、遙は自力で、この数分の間に構築していたのだ。




