5-2 伏魔殿の処世術(白川ゆりの完璧な演技)
5-2 伏魔殿の処世術(白川ゆりの完璧な演技)
冷徹な処世術鉄壁の防御を誇る理論の罠に嵌まり、社会的に破滅していった愚者たちの末路を、周囲の者たちはまざまざと見届けてきた。
それ以来、邪な企みを持ってゆりに近づく人間は、目に見えて減っていった。――減った、のである。しかし、決して「ゼロ」にはならなかった。
他人の血と汗の成果を食い物にし、その栄光にあやかろうとする浅ましい人間は、どこにでも存在する。それは、高尚であるはずの学会とて例外ではなかった。
むしろそこは、人間のドロドロとした欲望が渦巻く伏魔殿であった。
後輩が心血を注いで作成したデータを、そのまま自分の手柄として横領して発表する教授。プロジェクトのリーダーを巧妙に出し抜き、いつの間にか組織ごと研究を乗っ取ってしまう泥棒。
「騙される方が悪い」――それが、彼らの醜い歪んだ理論だった。そんな悪意に満ちた有象無象を、自作プログラムの罠で冷徹に払いのけ続けてきたゆりは、いつしか心から他者を信用することをやめていた。
さりとて、彼女はその冷めた本心を決して表情に出さず、周囲に悟らせることもなかった。それどころか、他の研究者たちには常に愛想よく、完璧に接していた。「必要だから、こうしているだけ」それが彼女の選んだ処世術だった。
円滑な人間関係をあらかじめ築いておけば、研究予算の獲得や設備の利用など、様々な場面で都合よく事が運ぶ。それもまた、彼女が導き出した冷徹な事実であった。必要とあれば、後輩にはどこまでも優しく指導の手を差し伸べる。
同僚や上司が情報を欲していれば、自分の研究に差し支えない程度の「無害なデータ」を、極上の笑顔と共に手渡してやる。
周囲の目に映る白川ゆりは、非の打ち所がない、非凡で「よく出来た人物」そのものだった。周囲を巧みにコントロールする、そのあまりに完璧な大人の振る舞い。
それゆえに、過去のデータ盗用事件の際も、周囲から上がったのは彼女に対する同情と支持の声ばかりであった。彼女を非難する声など、ただの一つも存在しなかったのである。




