3-5 天野遥(あまのはるか):名前を得た戦乙女
3-5 天野遥:名前を得た戦乙女
試験体はゆっくりと瞼を持ち上げ、水槽の底へと足を下ろした。調整槽から静かに歩み出てくると、そのままぴたりと動きを止め、命令を待つ待機状態へと移行する。クローディアは迷うことなくその目の前まで歩み寄り、至近距離で立ち止まった。
「よし、君は今日から『天野 遥』だ」そう名付けるクローディアを、ゆりは少し離れた場所から眺めていた。内心で(自我もない人形が、返事をするわけないでしょうに)と呆れ、肩をすくめながら。しかし、静寂を破ったのは無機質な電子音ではなかった。
「――分かりました、マスター。私は、あまのはるか、です」滑らかに、そして確かに紡がれたその返答を耳にした瞬間、ゆりは文字通り「ムンクの叫び」のようなポーズを取りたくなるほどの衝撃に襲われた。頭を抱え、目を見開いて硬直する。対するクローディアは、遥の言葉を聞いて自身の直感が正しかったことを完全に確信していた。
「やはりな。そんな予感がしていたんだよ」目の前で起きた現実が信じられないゆりは、納得がいかないとばかりにクローディアへ詰め寄る。
「ちょっと、どういうことなの!? この子が言葉を返すなんて、意味不明だし理解不能よ! 確かにある程度の音声命令を理解する機能や、一般的な知識のベースは入力してあるわ。でも、自発的に名前を受け入れるような複雑な処理は、あえて『できない』ように制限をかけていたはずなのよ!」激昂するゆりを、クローディアは宥めるように片手を挙げて制し、至極平然と言ってのけた。
「まぁ落ち着きなよ、ゆり。君の言っていることには、根本的な矛盾がある」「矛盾……?」
「ああ。そもそも、複雑な処理ができない不完全なシステムなら、この個体は『超進化』なんて大それた現象を起こせなかったはずさ。進化を実行したということは、それを目的とし、達成するに足る高度な思考プロセスをすでに経ているということ。ゆえに、君の言う『複雑なことはできない』という前提そのものが、このシラユキの誕生時点で崩壊しているんだよ」




