3-3 家畜に名前は付けない
3-3 家畜に名前は付けない
クローディアは満足げに腕を組み、いかにも楽しそうな笑みを浮かべてゆりに話しかけた。
「実は、もう一つ考えてあることがあってね」さすがに三度目ともなると、ゆりも無防備ではいられない。身構えるようにして、警戒混じりの声を返す。
「な、なにかしら? もう、何を聞いても驚かないわよ」
「シラユキを生み出した、あの『個体』にも名前を付けたいと思ってね」その言葉を聞いた瞬間、ゆりの表情から先ほどまでの温もりがすっと消えた。
「……何を言っているの。あれも所詮は、試験体の一体に過ぎないわ」ゆりが冷淡とも取れる態度を示したのには、明確な理由があった。
シラユキのベースとなる超進化個体のデータは、すでに回収を終えている。そしてそのデータは、即座に他のすべての試験体へと同期・反映済みだった。
今やマテリアル(素材)さえ供給すれば、どの試験体であってもシラユキを装備・展開することが可能なのである。
もし、この二人がその気になれば、シラユキの軍勢を率いて世界を蹂躙することすら容易い。
この瞬間、彼女たちは何気ない顔をしながら、人類の技術水準という壁を、数段どころではない次元で超越してしまっていた。だからこそ、ゆりはその『個体』に名前を付けることに強い抵抗を覚えた。
――畜産農家が育てる家畜には、個別の名前を付けない。名前を呼べばそこに情が移り、屠殺して解体することができなくなるからだ。
新薬の投薬実験に使われるマウスやモルモットも同じである。いちいち名前など付けていては、情が移って非道な実験など進められるはずがない。
科学者として、ゆりはその一線を徹底的に引き、己を律していた。たとえ肉体が人間の形を模していようとも、あれらは所詮、試験体に過ぎない。
データを採取するためだけに消費され、使い潰される生体――それが、あの部屋に並ぶ命の存在理由だった。ゆえに、ゆりはナノマシンにすら、決して『自我』という呪いを与えなかったのである。




