2ー17 白き刃の飛翔(ヴァルキリー・ファンネル)
2ー17 白き刃の飛翔
眩い閃光が収束した実験場の中心に、彼女はただ静かに佇んでいた。その身に纏うのは、どこまでも汚れなき純白の装甲。クローディアが先ほどまで悪ノリでゴテゴテと肉付けしていた、あの歪で無骨な『ブレードアーマー(仮)』の面影はどこにもない。
白い騎士の様な者が姿を現わす。
そして最適化され人間の姿に変わる。
そればかりか、ゆりが背中にマウントさせたはずの、潤沢なエネルギーを秘めていた増槽バックパックすらも完全に消失していた。内部で一体何が起きたのか、モニターの数値をどれほど精査しても、現在の理論では全く説明がつかなかった。
しかし、自分たちの目の前で、科学の常識を遥かに凌駕する「尋常ではない何か」が産声を上げたことだけは、二人の皮膚を粟立たせる確信としてそこに存在していた。
「ゆり……その試験体、実験の続行はできそうかい?」いつもなら、未知の大発見に狂喜乱舞してガラスの向こうへ真っ先に駆け出していくはずのクローディアだった。
しかし、その声は驚くほど低く、冷静にゆりへと指示を飛ばしていた。クローディア自身、無意識のうちに察知していたのだ。
今、あの部屋にいる存在は、これまでの使い捨ての『人形』とは決定的に違う。下手に接近するのは極めて危険である、という防衛本能的なアラートが彼女の脳内で鳴り響いていた。
クローディアの張り詰めた声音を耳にして、ゆりもまた、パニックから冷徹な科学者の精神へと引き戻された。「……分かったわ。次のコマンドを送信してみる」ゆりがコンソールを叩き、基本動作のシグナルを送る。
すると純白の個体は、まるでこちらの意思を完全に理解しているかのように、こくりと静かに首を縦に振った。そして流れるような足取りで、指示された所定の立ち位置へと移動し、次の命令を待つ待機状態へと移行する。
その様子をガラス越しに見つめていたクローディアが、低く、愉しげに呟いた。
「へぇ……。あの出力でありながら、まだ私たちの制御下にあるのか。これは、思った以上にとんでもないことになってきたかもしれないね」
「それじゃあ――次のフェイズに移行するわよ」ゆりは、この奇跡の耐久力を測るべく、残された最後のメニューの執行プログラムを起動した。『鈍器、および転倒時の衝撃緩和試験』。
様々な角度から機械式ハンマーで肉体を激しく叩きつける、あるいは一定の高所から落下させて衝撃の吸収力を測定する破壊テストである。ゆりは端末のレバーを倒し、天井から吊り下げられた巨大な超硬度ハンマーを起動させた。空気を切り裂く重低音を響かせ、鋼鉄の質量が、純白の少女へと容赦なく振り下ろされる。
――異変は、まさにその瞬間に起きた。少女の純白の外殻が、一瞬にしてパーツごとにブレイク(分離)した。右手、右肩、左手、左肩。右脚に右足、左脚に左足。右腰と左腰、右胸に左胸。
そして、背中の左右の肩甲骨。それらは、かつてクローディアが悪ノリの極みとして、全身の隙間という隙間に仕込みまくった『刃付きの追加装甲』の部位そのものだった。
結合を解かれた無数の白き刃たちは、重力に逆らうようにして、一斉に、そして静かに、少女の周囲の空間へと浮かび上がったのだ。
「――っ! 装甲が、自律飛行している……!?」ゆりが驚愕の声を上げる暇すら、その武装群体は与えなかった。
空間に展開した無数の純白の刃は、主を圧殺せんと迫る巨大な鋼鉄のハンマーめがけて、網膜を置き去りにする速度で一斉に飛翔した。
キィィィィィン――ッ!!!鼓膜を突き刺すような高周波の駆動音。次の瞬間、何トンもの質量を持っていたはずの超硬度ハンマーは、空中を交錯した白い軌跡によって、一瞬にして塵一つ残らないほどの木っ端微塵の細切れに解体され、そのまま空間ごと消滅(エネルギー変換)させられていた。
静寂が戻った実験場で、パーツを元の位置へと再結合させ、何事もなかったかのようにすんなりと待機状態へと戻る純白の少女。
それを見届けてから、クローディアもゆりも、指一本、ピクリとも動かすことができなかった。ただガラス越しに、自分たちが産み落としてしまった『神の兵器』の光景を前に、呼吸をすることすら忘れて硬直するしかなかったのである。




