2-8-6 空飛ぶ巨大なリュックサック
2-8-6 空飛ぶ巨大なリュックサック
天野紫苑は、楽しそうに笑う妹へさらに意地悪な問いを重ねる。
「でも、もし任務が長引いて、すぐに帰れなくなっちゃったらどうするの?」
「んー、それなら……我慢するかなぁ。一気に食べないで、少しずつ食べる!」
その瞬間、白川ゆりの脳裏に、この日何度目かも分からない激しい電撃が走り抜けた。(――わざと、やっているの?)ゆりは、目の前でおっとりと微笑む紫苑に視線を走らせた。
確信はなかったが、これは紫苑が、行き詰まっていた自分に思考のフックを与えるための、高度な誘導なのではないかと直感した。唯の放った「少しずつ食べる」という一言。
そこからゆりが得た最大のヒントこそが、後に鷺シリーズの基本仕様となる『自己修復速度の意図的なリミット(減速)』であった。後にロールアウトする『鷺シリーズ』に搭載された自己修復機能は、戦闘中にリアルタイムで前線復帰できるほどの速度は持たされていない。
一見すると不完全に思えるこの仕様は、ゆりがあえて施した冷徹な「燃費制限」だった。仮に、攻撃を受けるたびに無尽蔵に超高速修復を発動させてしまえば、一度の戦闘で機体内の貴重なマテリアルは一瞬にして底を突く。
そもそも、そんな燃費の悪い状態でずるずると泥沼の長期戦に陥るくらいなら、最初から作戦自体を組み立て直すべきなのだ。ゆえにゆりは、この機能を戦闘用ではなく、戦線離脱後の『生命維持を最優先とした、最低限のバックアップ機能』として、極めて省エネな構造へと落とし込んだのである。
「じゃあ、持っていったお菓子を本当に全部食べきっちゃったら、その時はどうするの?」紫苑はさらに、楽しそうに唯へ尋ねる。
「んー、それなら近くのお店に買いに行くかな! 付近で調達できるところを探して、そこで補給する!」ゆりは、もはや脳細胞が焼き切れるのではないかと思うほどの衝撃を、その五感に覚えていた。
未来の時系列において、軍上層部が『プロジェクト・ケージ(鳥籠)』と呼ばれる、愚かの極みのような作戦を実行に移すことになる。文字通り「アノマリーの頭上へ巨大なケージを自由落下させて捕獲する」という、のちにその戦闘レポートを読んだゆりですら「よくもまあ、こんな無謀な作戦を本気で実行したわね」と呆れ果てた代物だ。
しかし――その「空からケージを落とす」という軍の愚策そのものが、今回のゆりの脳内で、最高級のパーツへと昇華された。(軍が空からケージを落とせるなら、私たちはそこに『補給物資』を詰め込んで叩き落とせばいい――!)超高速戦闘機『クロサギ』に、物資満載のケージをマウントしたメガブースターを装着し、最前線へと超音速で急行させる。そして、孤立した戦場へピンポイントで補給物資を自由落下させるのだ。
前線における『超高速・即時補給部隊』の設立。その驚異的な戦略構想が、今この瞬間に産声を上げた。ゆりの手元のアナログなメモ帳には、猛烈な筆圧でこう書き殴られていた。
『補給物資を現場に直接落とす? 箱? コンテナ? ――いや、空飛ぶ巨大なリュックサックだ』白川ゆりという天才のペンが止まらない様子を横目で見ながら、天野紫苑はすべてを計算通りと言わんばかりに、一層深く、美しくにっこりと微笑むのだった。




