2-8-5 お菓子袋のロジスティクス
2-8-5 お菓子袋のロジスティクス
不意に訪れた紫苑と唯の存在は、限界まで煮詰まっていたクローディアとゆりの心を、いくらか柔らかく解きほぐしてくれた。聞けば、今日の二人はスケジュールにかなりの余裕があるらしい。
それなら丁度いい、とゆりはクローディアの背中を押し、新世代の超進化個体の実験データを二人に検証してもらうことを提案した。医学と遺伝子工学の天才たちが、この「奇跡」にどういう見解を示すか興味があったのだ。
「すごいね、この子たち! 傷を負っても勝手に治っちゃうんだ。便利だなぁ、僕も一人欲しいかも!」端末のホログラムを覗き込み、唯が無邪気な声を上げる。
「なるほど……。破壊されるたびに超高速で肉体も武装も修復されるけれど、その代償として『強烈な飢餓状態』に陥るのね」紫苑は医師としての冷徹な視線で、消費されるエネルギー効率のデータを興味深そうに見つめた。
「飢えちゃうのかぁ。なら、僕だったらこの子にお菓子をいーっぱい持たせてあげるかな! 携帯性が高くて、美味しくて、すぐにエネルギーになるお菓子、最近はたくさんあるよ?」――お菓子を持たせる。その唯の何気ない一言を、ゆりの鋭い聴覚は決して聞き逃さなかった。
この瞬間、ゆりの脳内に電撃のような閃きが走る。
(持ち運べる、携帯性の高いマテリアル(資源)のストック……!)これこそが、後に長時間の継続任務に就く際、機体のハードポイントに直接マウントされる『外装兼増槽マテリアルタンク』――すなわち『鷺シリーズ』における最も重要な強化案の一つの雛形となった。そしてこの思想の発展形こそが、後にロールアウトする『アカサギ』の追加装甲である。
防御力の向上を主目的に開発されながら、その強固な装甲のデッドスペース(内部の空隙)に修復用の増槽マテリアルを充填するという、極めて合理的かつ無駄のない怪物的構造は、唯の「お菓子袋」の提案から生まれたのだ。
そんなゆりの内なる衝撃を知る由もなく、紫苑は妹の提案に優しく苦笑した。「んー、唯ちゃんの案も可愛いけれど、一人の女の子が手で持っていける量なんて、そんなに多くないわよね?」
「紫苑姉、甘い甘い! リュックサックにこれでもかって詰め込んでいけば大丈夫だよ! 大きめのポーチとかバッグに小分けにして装備していけば、しばらくは絶対に保つから!」フンス、と鼻を鳴らしながら、ないはずの「力こぶ」を誇らしげに披露してみせる唯。
白川ゆりは、二人のネタに溢れた会話を前に、まさに目から鱗が落ちるような思いだった。リュック。バックパック。――そうか、本体の許容量に限界があるのなら、外部に『背負わせるように』マテリアルを拡張すればいいだけの話ではないか。
同時に、ゆりは自嘲気味に溜め息をついた。自分はナノマシンのミクロなシステム構造ばかりに囚われ、視野が極端に狭くなっていたのだ。
やはり相当に疲れていたらしい、と自覚する。ゆりは思考を整理するべく、コンソールの横に置かれていたアナログなメモ帳を引き寄せ、彼女たちのセリフから閃いたアイデアの骨子を猛然と走り書きしていった。
デジタルな研究所の中で、妙に古典的な手段でメモを取るゆりの姿を見て、紫苑はすべてを察したようににっこりと微笑んだ。
そして、わざと楽しげに会話を続ける。
「でも、唯ちゃん。どれだけたくさん詰め込んでも、全部食べきったら無くなっちゃうわよ? その後はどうするの? 戦うのをやめて帰ってきちゃうの?」
「ん? 簡単だよ。無くなる前に帰ってくればいいだけだから! で、無くなった分はまたお店で買って、たくさん補給すればいいんだよ」それは少女の買い物論としては、至極真っ当で、極めてシンプルな回答だった。
しかし――「無くなれば補給する。補給できなければ退く」という概念こそ、軍隊という組織が戦闘において最も念頭に置いておかなければならない絶対鉄則であった。
すなわち、戦闘継続能力――『兵站』の確保である。どれほど優れた超兵器であっても、弾薬が尽きればただの鉄屑になり、食料が尽きれば兵士は飢えて動けなくなる。
そうなれば、どれほど華々しい戦術を掲げようとも、戦線は一瞬で崩壊するのだ。
兵器のカタログスペックという華やかな面ばかりに目を奪われがちなクローディアたちの横で、ゆりは唯の言葉から、この『シラユキ』という怪物を運用するための「絶対に崩してはならない命綱(補給のロジック)」の設計図を、確実に組み立て始めていた。




