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2-8-4 血のプレッシャーと創世の沼

2-8-4 血のプレッシャーと創世の沼


そんな、ついこの前のように生々しい過去の記憶を脳裏に蘇らせながら、白川ゆりは静かに思考を巡らせていた。目の前で談笑する三人の姉妹を見つめながら、ゆりはふと思う。


挿絵(By みてみん)


――天野一族とは、これほどまでに傑出した最高峰の頭脳を何人も、それもこんな狭い身内のなかだけに豊富に抱え込めるものなのだろうか、と。天は二物も三物も与える、ということなのか。それとも、現実はその真逆なのかもしれない。


「優秀なる天野の一族」そう世間に称されるからこそ、彼女たちが背負わされている血のプレッシャーは、常人の想像を遥かに絶するものがあるのではないか。


もしかしたらこの一族においては、一定以上の凡人を超越した成果を示し続けなければ、そもそも「人間」としてすら扱ってもらえないのではないか。笑顔を見せる三人を見つめていると、ゆりは自分の背筋に、ふと冷たい爪を立てられたような戦慄を覚えるのだった。


だが、そんな分析をしているゆり自身もまた、すでに天野一族という底なしの沼にずっぷりと足を踏み入れ、その後戻りできない共犯者になっていることに、果たして気づいているのだろうか。……知らないことの方が幸せであるという、彼女はまさに生きた実例そのものであった。


天野紫苑。一見すると、どこかの厳格な家庭で大切に育てられた「深窓の令嬢」を思わせる、極めて上品で穏やかな雰囲気を纏っている女性だ。


おっとりとした柔らかな口調と、絶やされることのない柔和な微笑の奥から、彼女の本当の思考を読み取ることは、天才であるゆりをもってしても極めて困難だった。


挿絵(By みてみん)


おそらく、この癖の強すぎる天才三人のなかで、実質的な「統制制御役(コントローラー)」を担っているのは彼女なのだろう。だからこそ、クローディアの破天荒な暴走も、唯のぽやぽやとした掴みどころのない雰囲気も、互いの領域を壊すことなく、こうしてプロジェクトとして奇跡的な均衡を保って来られたのだ。


しっかり者のお姉さん。そう一言で片付けるには、あまりにも重すぎる彼女の立ち位置の底深さは、誰にも計り知れなかった。

ふと、そんな天野紫苑の静かな視線が、考え込んでいたゆりの元でピタリと止まる。


「どうかしたの、ゆりさん?」

紫苑は小首を傾げ、心から相手を気遣うような優しい表情で問いかけてきた。その完璧な聖母のような笑みに、ゆりは内心の戦慄をごまかすように苦笑いを浮かべて答えた。


挿絵(By みてみん)


「……いえ。紫苑さんも、色々と苦労されているんだろうなぁ、なんて思ったもので」


「ふふ、ゆりさんこそ」紫苑は上品に袖で口元を隠しながら、くすくすと楽しげに笑った。


挿絵(By みてみん)


「あの我がままなマリの相手を完璧に務めてくださっているのですもの。私の方こそ、いつもゆりさんのことが心配で仕方がないのよ? ああ見えてあの子、加減を知らないでしょう。何か無茶なことばかり言われていない?」


「それはもう、毎日が天変地異みたいなものですよ」


「まぁ、やっぱり。あとで私からも厳しく言ってあげるわね」互いの立場を、そして「天野クローディア」という爆弾のハンドリングの難しさを労い合いながら、二人の大人の会話は心地よく弾んでいくのだった。

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