13B-25 『姉妹の絆』
13B-25 『姉妹の絆』
研究室の静寂の中、スマートフォンの画面に唯からのメッセージが灯る。
『姉さん、帰ってきたら一緒にご飯食べよ?』
紫苑はその短く不器用な文面を見つめ、胸の奥で渦巻いていた冷たい怒りが少しずつ解けていくのを感じていた。
唯は、いつだってそうだ。
紫苑がどれほど多忙を極め、どれほど疲れ果て、どれほど深い怒りを抱えていようとも――唯は必ず紫苑の心に、暖かな“光”を差し込んできてくれる。
唯は天野家の中で最も感情が豊かで、最も家族を愛し、最も泣き、そして最も無邪気に笑う。
それは紫苑とはまさに正反対だった。
静かで、理性的で、どこまでも冷静。
怒りすらも内側で静かに燃やす紫苑。
熱く、直情的で、怒りも悲しみも喜びもすべて全身で表現する唯。
正反対だからこそ、紫苑は唯のことを「もう一人の自分」――己の半身のように感じていた。
紫苑はスマホを見つめたまま、静かに呟く。
「唯がいるから……私はまだ、壊れずに済んでいるのね」
紫苑にとって唯は、過酷な現実の中で「自分を人間に戻してくれる存在」だった。
唯は紫苑が抱える本当の怒りを知らない。
重圧による苦しみも知らない。
紫苑が夜な夜な研究室に閉じこもり、一人寂しく縫合の練習をしていることすら知らない。
けれど唯は、紫苑が限界を迎えている時には必ず気づくのだ。
温かいご飯を作って待つ。
冷えた体を見かねて差し入れを持ってくる。
何も言わずに隣に腰掛け、ただ一緒にテレビを見て笑い合う。
唯は無意識のうちに、紫苑が置き去りにしてきた“感情”の代わりを担ってくれていた。
紫苑が理性を保つために感情を抑え込むほどに、唯はその感情を外へと開いていく。
それこそが、二人の絶妙な絆のバランスだった。
紫苑が夜遅くまで研究室に残っていると、唯から決まってメッセージが届く。
『姉さん、ちゃんと食べた?』
『寝不足は体に毒だよ』
『帰ってきたら、いっぱい抱きしめるからね!』
その文面を見るたび、紫苑の唇に自然と笑みがこぼれる。
子供っぽくあどけない言葉だが、そこに込められた優しさは本物だ。
メッセージを読み返すうちに、胸を苛んでいた刺々しい怒りは静かに鎮まっていくのだった。
紫苑は研究室の大きな窓に歩み寄り、遠くに広がる夜景を見つめた。
「唯……あなたがいてくれて、本当に良かったわ」
唯は紫苑の“感情の代弁者”なのだ。
紫苑が立場上泣けない時には代わりに泣き、怒れない時には代わりに怒り、そして笑えない時には隣で笑ってくれる。
紫苑はスマホを静かに閉じると、椅子にかけていた白衣を手に取った。
「帰ろう……唯が待っているもの」
その一言に宿る温度こそが、天野紫苑という人間の“温もり”そのものだった。
唯がいるからこそ、紫苑は冷徹な理性を保ち続けることができる。
唯がいるからこそ、紫苑は激しい怒りに呑まれずに済む。
唯がいるからこそ、紫苑は天野家を支える絶対的な柱でいられるのだ。
妹の存在こそが、彼女にとって唯一無二の“救い”であった。




