13B-15 『奇跡の天秤』
13B-15 『奇跡の天秤』
クローディア(マリ)たちは知る由もなかった。
対消滅炉の暴走事故。
それが、そもそも「研究所の建物が吹き飛んだ程度」で収まるはずなどなかったのである。
発生した未曽有のエネルギーは極大の光と熱に変換され、到底人類には制御しきれない莫大な破壊力を生み出していた。
もしそのエネルギーがまともに外部へと放出されていれば、日本列島そのものが焦土と化し、一切の生命が塵と消えていた――それほどの絶大なエネルギー量であった。
では、その規格外のエネルギーは一体どこへ消えたのか……?
それは神の悪戯か、それとも偶然の産物か。
他でもない、この事故を引き起こした元凶――「次元の割れ目」の内部に向かって、莫大なエネルギーのすべてが吸い込まれるように放出されたのである。
次元を力技でこじ開けようとしていたクローディア(マリ)の狂気的な目論見は、意図せずして「大成功」を収めていたのだ。
光と熱に変換された致死量のエネルギーに晒され、次元の割れ目は悲鳴を上げるように徐々に押し広げられていく。
しかし同時に、空間そのものが持つ強烈な復元力が働き、割れ目を強制的に閉じようとする力も発生する。
次元を開こうとする暴走エネルギーと、世界を閉じようとする空間の復元力。
両者はしばらくの間、限界ギリギリのところで激しく拮抗し続けていた。
だが、始まりがあれば必ず終わりがある。
無限に続くかと思われた対消滅炉のエネルギー放出が限界を迎えて収束すると同時に、空間の復元力が勝り、次元の割れ目は完全に閉じられたのだった。
以前、「この世界のクローディア(マリ)たちは運が悪かった」と述べたが、ここで訂正しよう。
彼女たちは、人類の手には余る未曽有の大事故を引き起こしたにもかかわらず、「研究所の建物が吹っ飛んだだけ」という、奇跡的に“軽度な”被害に収まったのだ。
これは天文学的な確率とも言うべき、神がかった幸運であった。
不幸中の幸いどころではない、彼女たちは無意識のうちに「最高のカード」を引き当てていたのである。
そもそも、あの絶妙なタイミングでアノマリーが出現しなくとも、彼女たちの無茶な研究はいずれ遅かれ早かれ致命的な暴走事故を引き起こしていたはずだ。
先程「神の悪戯か」と表現したのは、まさにそういう事である。
アノマリーの出現によって対消滅炉の事故が「あの瞬間」に引き起こされたこと。
エネルギー暴走による日本消滅の危機を、「次元の割れ目」が丸ごと肩代わりして飲み込んだこと。
そして同時に、別次元から飛来した『遥』という最強のジョーカーを引き当てたこと。
だが――当のクローディア(マリ)とゆりが、どれほど天文学的な確率の奇跡の上に今生かされているのか、その真実に気づくことは永遠にないのであった。
13B-15.5(おまけ)
そもそも「対消滅」とは何なのか。
対消滅(ついしょうめつ / Annihilation)とは、物質と、その「鏡のような存在」である反物質がぶつかり合い、一瞬で両方が消え去って、100%「純粋なエネルギー(光)」に化ける現象のことである。
これはSFの架空の理論ではなく、現代の物理学で実在が証明されている本物の現象だ。
1. 「物質」と「反物質」の出会い
私たちの身の回りにある全てのモノ(机、空気、私たちの体など)は「物質」でできている。
物質を作る原子の周りには「マイナスの電気」を持った電子が回っている。これに対して、電気の性質が完全に逆になった「反物質」というものが宇宙には存在する(例:プラスの電気を持った「陽電子」など)。
この「物質」と「反物質」が出会う(衝突する)ことを、対消滅と呼ぶのである。
2. 「100%エネルギーに化ける」凄さ
通常、モノを燃やしたり、原子力発電(核分裂や核融合)を行ったりしても、物質の大部分はゴミ(灰や別の原子)として残る。エネルギーに変わっているのは、全体のほんのわずか(1%未満)に過ぎない。
しかし、対消滅は違う。
物質と反物質がぶつかると、元の形は跡形もなく消え去る(質量がゼロになる)。消えた質量は、アインシュタインの有名な式 $E=mc^2$ に従い、すべて「光(ガンマ線という超高エネルギーの光)」に変換されるのだ。
ウランを使った原子爆弾などとは比較にならない、宇宙で最も効率の良い(=最も破壊力のある)エネルギー発生方法と言われている。
3. どれくらい凄いのか?(具体例)
もし、1グラムの物質と、1グラムの反物質が対消滅したとする(合計たったの2グラム)。
これだけで、日本全国の家庭が使う電気の数時間分、あるいは一般的な大都市をまるごと一つ、一瞬で消し飛ばすほどの爆発エネルギーが発生する。
補足:現代の技術でも作れるのか?
実は、スイスにあるCERN(欧州原子核研究機構)などの巨大な実験施設で、人工的に反物質を「ほんの少しだけ」作ることに成功している。
ただし、1グラムの反物質を作るだけでも「数個の国が1年間に使う総電力」と「何兆円もの費用」が必要になるため、現在の科学力では「対消滅エンジン」や「対消滅爆弾」を実用化することは到底不可能である。
反物質は現存しないのか?
結論から言えば、反物質は現存する。
ただ、「私たちの身の回りに固まり(物質)としては残っていない」というのが正確な状態だ。さらには、私たちの身近な場所でも、実は「ごく一瞬だけ」生まれ続けているのである。反物質が今どうなっているのか、その現状を以下に記す。
1. 宇宙規模では「ほぼ絶滅」している
約138億年前の宇宙誕生の瞬間には、「物質」と「反物質」がまったく同じ量だけ生まれたとされている。しかし、生まれた直後に両者は激しくぶつかり合って対消滅を起こし、宇宙は一度「光だけの世界」になりかけた。
このとき、なぜか「10億個に1個」の割合で物質だけが消えずに生き残り、それが今の星や銀河、そして私たちの体になったと言われている。なぜ反物質だけが消え去ったのかは、現代物理学最大の謎(「CP対称性の破れ」の謎)とされている。
2. 実は、今も「一瞬だけ」生まれ続けている
反物質でできた星や銀河は存在しないが、反物質の「素粒子」レベルであれば、現在も自然界で誕生している。
雷の中で生まれる: 日本の研究チームの観測により、雷が発生する際の強力なエネルギーによって、雲の中で反物質(陽電子)が生成されていることが判明している。
宇宙から降ってくる: 宇宙の彼方にあるブラックホールや、激しく自転する中性子星から、超高エネルギーの反物質が地球へ飛来(宇宙線)している。
身近な食べ物からも?: 実は、バナナに含まれるカリウム(放射性同位体)が自然に崩壊する際、約75分に1個のペースで陽電子(反物質)を放出している。もちろん、周囲の物質と触れた瞬間に即座に対消滅するため、手元に溜まることは決してない。
3. 人工的に「現存」させることはできる
スイスにある世界最大の実験施設 CERN などでは、人工的に反物質(反水素原子など)を作り出している。
特殊な強力磁場を使って、周囲の物質(壁や空気など)に絶対に触れないよう真空の空間に浮かせることで、最長で数日間ほど反物質を「現存(保存)」させることに成功している。
反物質は決して「この世に存在しない幻」ではなく、今も私たちの世界にパッと現れては、対消滅を起こして一瞬で消え去るサイクルをひっそりと繰り返しているのである。




