13C-10 『次元の彼方へ』
13C-10 『次元の彼方へ』
次元を切り裂き、別次元へと突入した『Dimension Divide Driver』。その激しい衝撃の果てに空間の割れ目から放り出された遥は、未知の世界へと顕現した。
「ここは、一体何処でしょう?」
周囲に広がる見知らぬ景色を見渡し、遥は現状を把握するため、傍らに転がった機体――D3を回収し、付近の索敵を開始する。
時間は少し遡る。
遥が次元の割れ目へと突入する、その直前のこと。
「済まないな、遥。こんなものしか作れなかった」
クローディア(マリ)が悔しげに呟く視線の先で、遥が跨り操作の最終確認を行っている機体。それこそが『Dimension Divide Driver』だ。
Dimension(次元)を Divide(分割・分断)する Driver(駆動装置・穿つ者)。
その頭文字を取って「D3」と呼称されるその機体は、かつてクローディアが狂気の果てに生み出した陸上戦闘バイク『白銀の野獣』の後方に変形版メガブースターを接続し、前方に空間分断用の回転穿孔機――つまり巨大なドリルを搭載した異形の代物だった。
ベースとなったスレイプニルには、すでに「タイヤ」が存在しない。
ゆりの「ナノマシンで地面そのものを一瞬で結晶化させ、滑走路にすればいい」という提案により、車輪は完全に排除された。
車体から放たれるナノマシンが、コンクリートだろうが泥濘だろうがあらゆる悪路を「摩擦ゼロの絶対滑走路」へと一瞬で書き換え、その上を空間制御でカッ飛ぶ。
もはやバイクの形をした陸上戦闘機とも呼べる代物である。
「マリ、以前にも申し上げましたが、この個体が滅んだところで『私』が滅ぶわけではありません。お気になさらず」
「そうは言うがな……絶対帰ってこられない片道切符を、今こうして君に渡してしまったのだ。気にならないわけがないだろう」
普段は奇天烈で飄々とした発言ばかりしているクローディア(マリ)だが、彼女とて血の通った人間だ。
いくら相手が人造人間とはいえ、普通に言葉を交わし、共に生活を送ってきた存在を死地に送り出すのだ。情が湧かないはずがなかった。
「はいはい、おしゃべりはそこまでよ。遥、D3の調子に問題はなさそう?」
そのあたりをドライに割り切っているゆりが、淡々と会話に割って入る。
「はい、ゆり。特に異常は見当たりません。いつでも行けます」
「そう、それは良かったわ。あとは時空震が観測できれば……あっ、丁度来たわね。場所も割と近いわ。どうするマリ? 試験運転中だったけど、このまま実行に移す?」
まるで図ったかのように、時空震の発生アラートが鳴り響いた。
奴ら――アノマリーが現れる決定的な兆候だ。
作戦の全貌はこうだ。
アノマリーが顕現する前の時空震を逆手に取り、発生現場へ急行。そして、奴らがこちらの次元に這い出てくるための「次元の隙間」が開いたその瞬間に、D3の推力とドリルで強引に突入をかける。
当然、生きて帰れる保証などどこにもない。生きた人間を乗せて次元の狭間へ突っ込ませるなど、正気の沙汰ではない。
しかし、クローディア(マリ)の計算上、「理論上は可能」だった。
ハイリスク・ノーリターンの特攻作戦。
「私は構いません。このまま作戦を実行できます」
「遥の方がよっぽど肝が据わっているわね。マリ、どうするの?」
ゆりの言葉に、クローディア(マリ)は小さく息を吐き出し、吹っ切れたように顔を上げた。
「あー、もうっ、分かった! まぁ、千載一遇のチャンスでもあるからな。よし、やろう。遥、もう何も言わない。思いっきりやってこい!」
「はい。マリ、ゆり。お任せください」
「もう来るわよ。座標、転送するわね」
ゆりが手元の端末を弾き、遥が操縦するD3へ時空震の発生座標を転送する。
「遥、行きます」
その宣言と共に、遥はD3のアクセルスロットルを全開に捻り込んだ。
摩擦ゼロの絶対滑走路を爆発的な推力で滑走し、機体は二人の目の前から瞬く間に飛び去っていく。
急行した現場の最前線。遥の眼の前には、空間を裂いてまさに顕現しつつあるアノマリーの群れがいた。
「敵対勢力の存在、および目標の次元断裂を確認。これより突撃を敢行します」
D3は全速力のままアノマリーの群れへと激突し、ドリルと衝撃波で文字通り粉砕しながら突き進む。
そして、その奥でぱっくりと口を開けている次元の割れ目へと強引に突入した。
ガラスが砕け散るような甲高い空間のひび割れ音と共に、遥とD3は次元の彼方へと吸い込まれていく。
直後、割れ目は何事もなかったかのようにふっと消滅し、後には静寂だけが残された。
研究所に残されたクローディア(マリ)の傍らで、待機していた別の遥が静かに口を開く。
「マリ。突入した私の分体からの信号が途絶しました。……駄目ですね。完全にロストしました」
「そうか……。すまないことをした」
ある程度予想されていた結果とはいえ、本人(の分体)の口から直接「信号途絶」の事実を告げられるのは重い。
残されたマリとゆりの中で、突入した遥は「死んだもの」として判断されるのだった。
――しかし彼女たちはまだ知らない。
ロストしたと見なされたその分体が、遥かなる別次元の地で静かに目を覚ましていることを。




